コラム「春秋一話」

 年/月

2020年 5月25日 第7041号

来年の華やかな祭り開催を期待

 新型コロナウイルス感染拡大の影響により、各地でさまざまなイベント等が中止または延期を余儀なくされる中、夏の風物詩「東北三大祭り」が今年はいずれも中止となることが、各祭りの実行委員会から発表された。
 東北三大祭りは青森県の「青森ねぶた祭」、秋田県の「秋田竿燈まつり」、宮城県の「仙台七夕まつり」。
 青森ねぶた祭は、青森県青森市で8月2~7日に開催され、毎年300万人近い人が訪れる。1980年には国の重要無形民俗文化財に指定されている。「ねぶた」という人形灯籠が祭りの主役で、人形ねぶたと呼ばれる山車が運行し、ハネトと呼ばれる踊り子たちが「ラッセラー、ラッセラー」と掛け声をあげて、山車に寄り添って踊り歩く。
 ねぶたは武者や神話の場面をモチーフにしたものが多く、睨みのきいた表情は圧巻。最大のものになると重さ約4トンもの巨大な像が載った山車が市内を練り歩く。ねぶたが青森市の中心街をパレードする場面は有名だ。
 秋田竿燈まつりは、秋田県秋田市で8月3~6日(2000年までは4~7日)に開催され、昨年は約130万人が訪れた。五穀豊穣を祈り、病魔や邪気を払うものとされ、約270年もの歴史を持つ。1980年には国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 「ドッコイショー、ドッコイショー」の掛け声が響く中、米俵に見立てた提灯を揺らめかせ、稲穂に見立てた竿燈を差し手たちが手のひらや額、肩、腰で絶妙なバランスで自在に操りながら力と技を競い合う。約1万個もの提灯と約280本の竿燈が街を包み込むその様は、まさに秋田の夏の夜空を彩る光の稲穂だ。
 仙台七夕まつりは、宮城県仙台市内で7月7日の月遅れにあたる8月7日を中日として、6~8日にかけて行われ、毎年200万人以上が訪れる。仙台の街は和紙を材料とした色鮮やかな、約3000本の七夕飾りで彩られ、人々を魅了する。
 古くは伊達政宗の時代から続く伝統行事とされ、幾多の困難を乗り越えながら受け継がれている。日本古来の星祭りの優雅さと飾りの豪華絢爛さを併せ持つ祭りとして全国にその名を馳せ、国内各地で開催されている七夕まつりにも大きな影響を与えている。
 東日本大震災が発生した2011年も「復興と鎮魂」をテーマに、被災地の願い事を短冊に書いてもらって飾るなどして開催された。
 祭り自体は密閉された空間ではなく、屋外で開催されるものだが、多くの人が集まることは確かだ。そうなると、三密と言われる中の「密集場所」「密接場面」を避けることも、ソーシャルディスタンス(社会的距離)を保つことも難しくなる。祭りの参加者や観覧車、関係者が感染するリスクに加え、全国的な感染拡大の危険性も非常に高くなってしまい、人命にもかかわってくる。
 夏に開催されるこの東北三大祭りを、毎年楽しみにしている多くの人たちの無念もさることながら、早々と中止の決断を下さざるを得なかった関係者らの断腸の思いを考えると、何ともやりきれない。
 郵便局では毎年、この三大祭りに合わせて、それぞれの地でフレーム切手作成・販売をはじめ、祭り本番での臨時出張所の開設など、祭りを大いに盛り上げるべく地域と一体となって汗をかいている。
 祭りは中止となっても、フレーム切手やポストカード作成など、郵便局の皆さんには引き続きぜひ、祭りの魅力をさまざまな形で大いに発信し続けてほしい。そして、新型コロナウイルスが終息して、来年こそは東北三大祭りが熱気に包まれ、盛大に、華やかに開催されることを願ってやまない。
(九夏三伏)

2020年 5月18日 第7040号

新型コロナと欧州の郵便局

 新型コロナウイルスの感染が世界に広がり、日常生活や経済活動に大きな影響が出ている。早期の収束が望まれるが、ちょっと注目される欧州の郵便局に関するトピックスを紹介する(Uni Apro Post&Logistics Japan の提供)。
 ジョンソン首相も感染した英国、ロイヤルメールの郵便局窓口会社「ポストオフィス」は、高齢者など自宅で孤立している弱い立場の人々が、容易に現金にアクセスできる金融サービスを充実させた。親族や友人、介護者または地域のサポートワーカーの助けを借りることもできるという。
 それは、ペイアウト・ナウ(Payout Now=即時払い)とファスト・ペース(Fast PACE=緊急PACE。PACEは予め認証された小切手の現金化サービス)。ポストオフィスの窓口から市中銀行、住宅金融共済組合、信用組合など全ての金融機関の口座から現金を引き出せる。
 金融機関は顧客にバーコード付きの小切手を電子メールか郵便で送り、全国のポストオフィスで現金と交換できる。これまでも市中銀行などと提携、高齢者などを対象に、小切手を現金化するPACAを提供してきた。コロナパンデミックに関わる緊急事態で、ポストオフィスは政府の財務当局などと協力して、即時に現金化できるFast PACEを開始した。
 ポストオフィスのマーティン・カースリー金融部長は「簡単に現金にアクセスできることは、高齢者にとって不可欠なサービス。併せて一般の人々にも自主的な自宅待機を奨励することで、感染の拡大を防ぐことにある。郵便局のPayout NowとFast PACEサービスは、迅速かつ確実に現金にアクセスできることをサポートする」と強調。
 また「ヘルパーの助けを借りるか、あるいはボランティアに買い物サービスを依頼するする場合でも、身近な郵便局の窓口で確実に現金が供給されることは、人々に安心感を提供することだ」と語っている。
 フランスでは、多くの屋内レストランを営業停止としている。このために、職場で昼食をとることが原則とされていた郵便局の職員も、自分で昼食を調達しなければならない事態となった。郵便労働組合(FO Com)は、ラ・ポストに特別な代替措置を求めた。協議の結果、経過措置として仕事に就いている日の昼休みに、1日につき5ユーロ相当の食事費用(食事商品券または仕出し手当)を支給することとなった。
 フィンランドのポスチは、感染の連鎖を防ぐために、政府の措置に対応、郵便物は配達されるが、受取人の住居内には届けない、集合受箱への配達は一時的に停止との措置を取った。対面による相互間感染を防ぐために実施された。
 ポスチは新しいガイドラインに従って、以下の手順を遵守している。▽配達員は電話で顧客に配達を通知。その際に郵便物はドアの前に残されることがあることを予め伝える▽同意しなければ、郵便物は送り主に返される▽受取人は郵便物を受けとって確認するが、互いに安全な距離を保って応対する。
 また、郵便局のリサイクルサービス(機器の解体など)の回収といった作業は、住居に立ち入ることなく行う。予め取り決められたとおり、ドアの外に搬出されていることで、回収されるという。
 日本でも郵便局の社員に感染者が出ている。ユニバーサルサービスを基本とする郵便局、細心の注意が必要だが、精神的な苦労も大きいだろう。早期の収束を願うとともに、郵便局社員にエールを送りたい。
(和光同塵)

2020年5月4日 第7038・7039合併号

喜劇王、志村けんさんの残したもの

 3月29日、「志村けんさん、死亡」のニュースが日本中を駆け巡った。新型コロナウイルス感染症による重篤な肺炎で急逝された。志村さんが新型コロナウイルスに感染して入院したというニュースが流れたのが、その一週間前。あまりにも早い急逝に、その死因、あるいは死後の弔われ方により大きく報道されたが、一方では日本の喜劇王の一人を失ったことを悼む記事も多く、彼の死に、一つの時代の終わりを感じた世代も多かったのではないだろうか。
 昭和30年代生まれの私の世代などは、土曜日の夜にTBS系列のテレビ番組として放送されていた「8時だョ!全員集合」を毎週楽しみにしていた。いかりや長介さんをリーダーとするザ・ドリフターズが主演していたバラエティ番組である。土曜の午後8時に各地から生番組で放映されていたが、午後8時になるとともに「北海盆唄」の替え歌テーマソングで始まり、ショートコントをはじめ、人気歌手や女優などを巻き込んだドタバタ喜劇は当時の番組としては画期的なお笑いを茶の間に運んでいた。
 この番組は、1969年(昭和44年)に始まり、途中に半年ほどの中断はあるが、1985年(昭和60年)までの約16年間にわたり放送され、当時の超人気番組であった。
 志村さんは1950年生まれで、1968年、高校3年卒業前にコメディアンを目指していかりや長介さんの自宅を訪ね弟子入りを志願し、その後に付き人になることを許され、卒業前から地方巡業に同行することとなる。当時の「全員集合」は、リーダーのいかりや長介さん、荒井注さんなどメンバー5名でスタートしているが、荒井注さんが1974年に体力の限界を理由に脱退すると、入れ替わりに志村さんが加わり、新生ドリフターズメンバーで番組が継続される。交代後の一時期は視聴率の低迷などがあったが、2年後に番組内で披露した志村さんの出身地を歌った「東村山音頭」や、加藤茶さんとのコンビの「ヒゲダンス」などが人気を博し、再びドリフターズはお笑い界の頂点に返り咲いた。
 振り返ると、ここからが志村さんの真骨頂であるドタバタを中心としたコメディのスタイルが確立されていくのだろう。その芸風は、言葉よりも動きを重視したものと言える。また、彼とチームメンバーとのチームプレーが結実したのだろうと思う。芸人はどちらかと言えば「自分が一番受けたい」という気持ちが強いだろうが、「ドリフターズのコントはチームワークのコントだった」と志村さんの著書(「変なおじさん」)にも書かれているとおり、志村さんが加わって以降のドリフターズはそれ以前よりもチームワークが良くなり、そのことが視聴者にも伝わり、人気になったのではないだろうか。
 後年、自身の芸風について聞かれ、「人を笑わせるのではなく、笑われるのが好きなんだ」と答えたインタビュー記事があるが、志村さんは自分が一番というよりも、お客さんに喜んで笑ってもらうには自分自身がどういう役割をすれば良いのかがよくわかっていたのだろう。そこには志村さんの他者への深い優しさが練り込まれていると感じる。昨年来、信頼回復に取り組んでいる日本郵政グループも根本的にはこのようなお客さまへの思いを一人ひとりの社員が持つ会社にできるかどうかではないだろうか。
 4月23日、女優でタレントの岡江久美子さんが同じくコロナウイルスの感染症により亡くなったと報じられた。大変悲しい報道が続いている。お二人のご冥福をお祈りするとともに、早期に終息されることを祈るばかりである。合掌。
(多摩の翡翠)

2020年 4月27日 第7037号

苦しみや困難、全てを自らの糧に

 本紙が発行される4月27日。この日に生まれた人を紐解いてみた。目に留まったのが、元プロ野球選手で、現在は読売ジャイアンツ一軍作戦コーチを務める吉村禎章さん。
 1982年、ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団し、順調に結果を残していく。87年、後楽園球場での最終戦でのこと。相手は広島東洋カープ。4回裏の打席で30号本塁打を放ったが、実はこれ、カウント2ストライク4ボールから打ったものだ。本人も投手も捕手も審判も、誰も指摘することなく、今でも語り草となっている。
 将来を嘱望され、迎えた翌88年7月6日、札幌円山球場で行われた中日ドラゴンズとの試合。3番で出場した吉村選手はライトスタンドへプロ入り通算100号となるホームランを放つ。続く4番・原辰徳選手がレフトスタンドへ、5番・呂明賜選手も左中間スタンドへホームランを放ち、三者連続ホームランとなる。
 迎えた8回表、中日の中尾孝義選手の放ったレフトへの飛球を捕ろうとした吉村選手。そこに、守備固めでセンターに入っていた栄村忠広選手と激突。左膝の靱帯4本のうち3本を断裂し、神経まで損傷するという大けがを負った。
 その後、渡米しスポーツ医学の権威であるフランク・ジョーブ博士の執刀で手術を受ける。ジョーブ博士が「野球選手でこんな大けがは見たことが無い」と言うほどの大けがであった。
 2度にわたる大手術の後、1年以上に渡る過酷なリハビリを経て、翌89年9月2日、東京ドームで行われたヤクルトスワローズとの試合で終盤に代打として登場。結果はセカンドゴロだったが、不死鳥のごとく蘇った姿に、球場は大歓声に包まれた。
 その翌年の90年9月8日、リーグ優勝(2連覇)がかかった東京ドームでのヤクルトスワローズとの一戦。延長戦に突入し迎えた10回裏。一死走者なしの場面で打席には吉村選手。2ストライクと追い込まれた3球目を捉えた打球は一直線でライトスタンドへ。劇的なサヨナラホームランとなり、史上最速でのリーグ優勝となった。
 「球界の紳士」と言われた当時の巨人の指揮官・藤田元司監督をして「これ以上の勝ち方はない。吉村の底力、技術の高さを示したホームラン」と言わしめた。
 この年、規定打席には足りなかったものの、打率3割2分7厘、14本塁打の成績でカムバック賞を受賞した。その後も、守備や走塁は不安があり続けたが、チャンスに強いバッティングで活躍をした。
 さて、吉村さんのキャリアを振り返った時、やはり大けがをした時のことが強く思い浮かぶ。当時の映像を見ると、吉村選手はしっかりと捕球態勢に入っている。そこに、栄村選手が全速力で飛び込んできている。
 その時点で、巨人が大量リードしていた試合。ただ、栄村選手にとっては、この年初めて一軍に昇格し、必死になっていたのだろう。後に栄村選手は「ボールだけを追いかけ、吉村選手の姿も見ることなく追突した。後から見ると、吉村選手は捕球態勢に入っていた。あれはプロとして申し訳ないプレー」と振り返る。
 栄村選手は、心無いファンからバッシングをされ続けた。本来なら「なんてことをしてくれたんだ」と恨んでも致し方ないところだが、吉村選手は「あのケガがなかったら一流選手になっていたかもしれない。しかし、あのケガがなかったら、一流の人間にはなれなかった」と栄村選手をかばい続けた。
 「たら」「れば」といった言葉は、スポーツに限らずいろいろな場面で出てくる言葉。それでも全てを受け止め、苦しみや困難を糧にして、強く大きな心で生きていける、そんなふうになれたらと思う。
(九夏三伏)

2020年 4月20日 第7036号

俳句を愛した郵政人「富安風生」

 「まさをなる空よりしだれざくらかな」。郵政省の前身、逓信省の次官を務め、俳人としても名高い富安風生(とみやすふうせい)、退官後は通信文化新報を発行する財団法人通信文化振興会(㈱通信文化新報の前身)の会長にも就任した。逓信次官は前島密も務めている。
 風生は俳号、本名は謙次。135年前の明治18(1885)年4月16日に愛知県八名郡金沢村(現在の豊川市)に、農家の末っ子として生まれる。金沢村は、三方を低い山に囲まれた長閑なところだったという。
 豊橋尋常中学校時習館、一高から東京大学法学部に進み、卒業後は逓信省に入るが、喀血のため療養、大正7年、34歳のときに福岡為替貯金支局長として赴任した。福岡にいた学友の誘いで俳句の道に入る。「ホトトギス」への投句を始め、高浜虚子に師事した。本省に転勤し、昭和3年5月、貯金局有志の手になる俳誌「若葉」(わかば)を主宰する。
 「若葉」は、もともとは大阪の貯金関係の職場俳誌だったとされるが、風生が選者となったときが実質的な創刊とされている。風生が昭和4年に「ホトトギス」の同人となったこともあり、一般会員も増加、俳壇での地位を確立した。虚子から引き継いだ花鳥諷詠・客観写生の理念を貫き、幅広い選句で個性的な俳人を育てた。
 昭和8年には第1句集『草の花』を刊行、『春時雨』『晩涼』『走馬燈』など多くの句集、随筆集などを次々に出版、旺盛な活動を展開する。昭和11年に逓信次官、翌12年に退官。晩年の風生俳句は、艶と香気の句境が深まり、独特の軽さが加わったと言われる。
 昭和54(1979)年2月22日、94歳で亡くなった。東京都東村山市の小平霊園に、敏子夫人と眠る。命日は「風生忌」。墓には「走馬燈へだてなければ話なし」の句碑が刻まれている。
 また、山梨県南都留郡山中湖村には「俳句の館 風生庵」がある。風生は昭和28年8月より山中湖畔の山荘を落葉松荘と命名し、毎夏、避暑に訪れた。風生ゆかりの部屋の一部を改築、東京都豊島区にあった自宅の書斎を再現、収蔵品、愛用品などが展示されている。
 辞世の句は「九十五齢とは後生極楽春の風」。亡くなる3年前、昭和51年1月1日付の通信文化新報に「九十二齢の春」と題し、「年酒酌む九十齢に居直りて」「さかさまに地に煩悩の奴凧」などの句と共に、随想を寄稿している。
 「長寿の秘訣は? などとまじめに聞かれると、僕は少し機嫌が悪くなって、“そんなものは知らんね”と、そっぽを向いてしまうのである。寿命はめいめい生まれた時から定まっているもので、どうすることも出来るものではないだろう」
 「先生と門下生とあべこべで、人間としてあの立派さ、とても叶わぬ、と僕の方が頭をさげてしまう門下生はザラにあるのだ。そういう人がさきに死んだり病床に臥したりして、自分だけ碌々とこうして長生きしている、などと自分を省る切なる実感をもつようになった近年のことである」。軽妙で平明典雅な作風だった風生が偲ばれる。
 郵政には多彩な文化人がたくさんいた。事業論文のみならず絵画や小説など多くの作品を募集し競い、それが職員の活性化にもなった時代があった。多様な趣味を生かす心の余裕が、また明日の活力ともなる。あまりにも営業のみに特化した窮屈な職場であっては、伸び伸びとしたアイデアも生まれにくい。40万社員を擁する郵政組織、多彩な能力や個性を活かす懐の深さがあって欲しい。
 民営化の際に、ある郵便局に掲げられていた前島密の「清廉規志」との書がお蔵入りに、また郵政百年史・同資料などが処分されたとの例も側聞する。当時は焚書坑儒とも言われた。
 新体制で信頼回復へ一丸となっている郵政、伝統ある内なる文化活動の充実はES、さらにはCSにつながり、改革への原動力の一助ともなると期待したい。
(麦秀の嘆)

2020年 4月13日 第7035号

希望の就職先上位に日本郵便

 2021年3月に卒業予定の大学3年生が「働きたい」と考えている企業として、日本郵便が9位にランクされている。前年から7つほど順位を上げた。文系の学生に限っては6位を占めた。2月末に与信管理を手がけるリスクモンスターが「就職したい企業・業種ランキング」、いわば希望の就職先の調査結果を明らかにした。約400人の大学3年生に聞いた。
 ちなみに1位は地方公務員、2位は国家公務員、3位はグーグル、4位は味の素、5位はアマゾン、6位は日本赤十字社とLINE、8位は明治、9位が花王、大塚製薬と並んで日本郵便。文系では、地方公務員、国家公務員、グーグル、アマゾン、LINEに続き6位。
 前回と比べて地方公務員、国家公務員、グーグルのトップ3は変わらない。飲食品製造業や医療関係、IT関連が上位となったが、消費者の視点から興味を持つ学生が多く「日常生活で身近な商品・サービスを扱っている企業の人気が高い」とリスクモンスターはみている。
 公務員の志望動機は「安定している」「地方で働きたい」(地方公務員)、「安定している」「国の政策に興味がある」(国家公務員)と、安定志向はうなずけるが、前年と比較して割合は低下しているという。IT企業などは「最先端の企業」「働きやすそうだから」「やりがいがありそう」と時代を反映している。過去に人気のあった金融や商社、電機、マスコミなどが下がっているのも時代の流れだろうか。
 就職先を選ぶポイントとしては、給与、残業時間が少ない、福利厚生、雇用形態などをあげるのも現代気質。調査は今年1月16~30日に行われた。日本郵政グループへの厳しい視線があったにも関わらす、人気の高さは長い年月に培われてきた郵便局ブランドへの信頼があってのことと好ましい。
 昨年末には日本生産性本部が、2019年度JCSI(日本版顧客満足度指数)第5回調査結果を明らかにした。12万人以上の利用者からの回答を基にしている日本最大級の顧客満足度調査とされる。日本郵便、ヤマト運輸、福山通運、佐川急便、西濃運輸を対象とした宅配便では、1位がヤマト、2位が日本郵便、3位が福山だった。ヤマトは2016年度以降、評価が低下しているが、日本郵便は18年度から上昇した。
 ①顧客期待度(企業ブランドへの期待)②知覚品質(全体的な品質評価)③知覚評価(コスト・パフォーマンス)④顧客満足⑤推奨意向(クチコミ)⑥ロイヤルティ(将来への再利用意向)の6指標で調査した。日本郵便は、総合で2位だが③でトップとなった。一方⑤ではヤマト、西濃に次ぐ3位だった。
 今年も日本郵政グループに4270人の社員が新たに入ってきた。新型コロナウイルスの感染防止で入社式は中止となったが、日本郵政の増田寛也社長、日本郵便の衣川和秀社長、ゆうちょ銀行の池田憲人社長、かんぽ生命の千田哲也社長の連名でメッセージが贈られた。
 日本郵政グループの選択を歓迎し、創業者である前島密の「縁の下の力持ちになることを厭うな。人のためによかれと願う心を常に持てよ」の言葉を引き、「原点に立ち返り、愚直に、誠実に、そして謙虚に、常に感謝の気持ちを忘れることなく、古い郵政の変えるべきところは思い切って変えていく変革の力が求められている。変革の原動力になっていただきたい。そして、一人ひとりの活躍が会社だけでなく社会全体に大きな変化をもたらす可能性を信じている」と呼びかけた。
 厳しい状況でも入社してきた新入社員、また、新型コロナウイルスの影響で入社式が中止となったことも記憶に残るだろう。新たな戦力として、まさに「共に知恵を出し合い、力を合わせて」、変革の原動力になってほしいと願う。
(和光同塵)

2020年 4月6日 第7034号

新入社員よ、コロナに負けるな

 1月13日号の本欄に「令和2年、良い年となるよう願う」というコラムを掲載した。平成の30年間に自然災害が多かったことから、災害の少ない年になるようにと願って掲載したものだが、同じ頃、WHOから発表された中国湖北省の商業都市武漢市で原因不明の肺炎が発生しているとのニュースを受けて、日本の厚生労働省が新型のコロナウイルスの可能性が高いと報道発表していた。
 ただ、この頃は、まだ国内でも「対岸の火事」と受け止められていた。ところが、1月16日に武漢からの来訪者に国内で初の感染者発生の報道があり、2月に感染者が発生したクルーズ船が横浜港に着岸し、乗船者に陽性反応者が多く出てきたあたりから、国内でもさらに感染が広がるのではないかとの懸念が広がり始めた。
 政府も本格的な対策を講じ始め、2月27日に安倍総理による休校やイベント中止の要請が発表された。
 3月3日の参院予算委員会の安倍総理の発言によると、1900年代初めにアメリカでスペイン風邪と呼ばれるインフルエンザが発生し50万人が死亡したが、その際にセントルイス州が発生まもなく各種イベントや休校を約5週間にわたって実施したことを挙げ、直ちに対応した地域と遅れた地域とで死亡者数などに大きな違いが出たことを踏まえて、要請したとのことであった。
 この要請を受け、全国の小中高校の休校や、多くのスポーツや文化イベントも延期や中止を余儀なくされるなど、日本全体で感染拡大防止対策が広まることとなった。
 3月24日には安倍首相とIOCのバッハ会長との電話会談により、7月に予定されていた東京五輪・パラリンピックを1年程度延期することが合意された。
 新型コロナウイルスが世界的に蔓延し、収束が見えない状況となり、五輪史上初めての延期という事態となってしまった。
 各企業でも新入社員の入社式を中止などの報道があり、日本郵政グループも、2020年4月の新入社員約4000名の各支社での入社式を中止、研修を延期したと聞く。
 日本郵便東京支社では、例年4月1日にグループ合同で入社式を開催し、その後に研修センターなどで数週間の研修を行ってきたが、延期せざるを得ない状態になっているようである。
 コロナウイルスの蔓延で忘れられがちだが、日本の就職環境は一括採用の見直しなど大きく変わろうとしている。日本の高度成長を支えた終身雇用制などの見直しとともに、就職、採用についても見直しが必要と言われている。
 これまでの一括採用した若者を長い時間をかけて育成するということが社会環境の変化に追いつかなくなっているというのがその根拠だ。 
 日本郵政グループに就職を決めた新規採用者の皆さんは、この会社で社会のインフラを担い、貢献するやりがいを求めて就職したのではないだろうか。たとえ採用後の研修がなくなっても、君たちに期待している会社の思いは変わらない。
 会社が自分たちに何をしてくれるのかを待つのではなく、自分たちが主体的にキャリアを作っていこうという気概を持って、新たな人生を歩いて欲しい。
 逆境こそ自分たちを磨き上げてくれる絶好の機会と思い、新型コロナウイルスに負けないで成長して欲しい。収束は見えないが、明けない夜はない。
(多摩の翡翠)


2020年 3月30日 第7033号

いつの時代も思いを伝える手紙

 手紙を題材とした楽曲は、時代が変わっても世に出続けている。その中で、「少女A」「飾りじゃないのよ涙は」「DESIRE―情熱―」など、数多くのヒットナンバーを世に送り出した歌手・中森明菜が1983(昭和58)年6月にリリースした通算5枚目のシングル「トワイライト ―夕暮れ便り―」に注目したい。
 ともすると、あまり印象に残っている人は少ないかもしれない。だがこの曲、手紙が織り成す世界観を見事に表現している。
 来生えつこ(作詞)、来生たかお(作曲)姉弟により生み出された、ミディアムテンポで短調の楽曲だ。イントロに続いて、サビから始まる。
 その冒頭のサビ部分の歌詞は「こめかみには 夕陽のうず てりかえす海 太陽にそまる 日傘の下 目を細めて あおいだ景色 あなたにも見せたい」。
夏の夕暮れの海の光景が浮かび上がる。主人公は、この目の前に広がる光景を、思いを寄せる人へ手紙で伝えようと思ったのだろう。
 Aメロ部分を紐解くと、「絵はがきを一枚だけ さりげなくあなたへ出す 元気です 一行だけ したためて ポストへ落とす」となっている。
 この絵はがきが既製のものなのか、自ら描いたものなのかは分からないが、夏の夕暮れの海の光景が描かれたものと思われる。そこに一言「元気です」としたためて、ポストへ投函したのだろう。
 続くBメロ部分では「やはりあなたと 一緒にいたい ひとこと 書きあぐね」と続く。ポストへ絵はがきを投函したのはいいが、あなたと一緒にいたい、という正直な思いを書きあぐねた主人公。
 「あぐねる」という言葉、今や日常ではなかなか使わなくなっているが、その意味はというと「物事が思い通りにいかず、手段に困る」といった意味だ。
 単に「元気です」としたためてポストへ絵はがきを投函したものの、「やはりあなたと 一緒にいたい」。大切な人への恋心は募るばかりだったのだろう。
 そこからサビへと続く。「感じますか 届きますか このたそがれと 恋心までも まぶしいほど 苦しいほど あなたへの愛 迷わない 今なら」。このままでいいのかな、「元気です」だけで伝わるのかな、思いは募っていく。
 間奏に入ると、Aメロ部分のメロディーラインが静かに流れる。その間奏を挟んで、2番はBメロから始まる。「明日もう一度 心をこめて 手紙を書くつもり」。これだけでは伝わらない、私にはあなたしかいない、強く決心をしたのだろう。大切な人へ、もう一度しっかりと心を込めて手紙を書いて思いを伝えようと。
 そして最後のサビへと続く。「感じますか 届きますか このたそがれと 恋便りまでも あなたが好き 苦しいほど もう迷わずに 今日からは言えます」。私にはあなたしかいない、あなたと一緒にいたい、そうした強い思いを改めてしたためて、勇気を出して投函したのだろう。
 後奏はサビのメロディーラインが繰り返されてフェイドアウトしていく。果たして思いは伝わったのだろうか、伝わったと願いたい。
 手紙を受け取る側に立つとどうだろう。「元気です」と書かれた絵はがきが届いた。それだけでも嬉しいかもしれないが、その数日後に、改めて思いを込めた絵はがきを受け取った時、より強い真の思いが伝わる、そんなドラマもあるのではないだろうか。
 SNSやスマホ、インターネットが主流の時代となってはいるが、真に思いを伝える際に、やはり手紙やはがきが果たす役割は未来永劫強いものだと信じたい。
(九夏山伏)

2020年 3月16日 第7031・7032合併号

プラスチック製レジ袋の削減

 国連が採択しているSDGs(持続可能な開発目標)は、2016~2030年の15年間で達成する目標を掲げる。17のゴールと具体的な169のターゲットから構成され、貧困や飢餓をはじめ働き甲斐、地球環境、エネルギー問題など多岐にわたり、「地球上の誰一人として取り残さない」ことを誓う。食品ロスの減少や廃棄物の削減、海洋汚染の防止なども大きなターゲットとなっている。
 昨年6月のG20大阪サミットで、2050年までにプラスチックによる新たな海洋汚染ゼロを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が採択された。先立つ5月、政府はプラスチックの利用について定めた「プラスチック資源循環戦略」を策定、レジ袋の有料化義務をはじめ、消費者のライフスタイルの見直しを促している。これに伴いコンビニやスーパーなどで使われるレジ袋が、原則として7月1日から有料化となる。
 レジ袋を提供するには、一定の対価を徴収することとされ、価格は1円以上で事業者が自由に決められる。既に先行しているスーパーなどがあるが、1枚2~5円となっている。日本郵政グループもSDGsに積極的に取り組んでおり、郵便局でも対応が求められ、窓口で声かけなどを積極的に行い、使用量削減を目指す。商品を渡す際に「袋はご入用でしょうか?」「マイバックのご持参に、ご協力をお願いします」といった声かけや掲示などにより、レジ袋を削減する取組みが始まっている。
 7月から有料となるレジ袋などは本社で調達するが、無料の切手やはがき納入袋など郵便局で調達するものも環境に優しい生物由来のバイオマスプラスチック製を極力選択するとしている。横浜市神奈川区の横浜入江郵便局は、昨年5月からSDGsのマークと共に、レジ袋の削減についての協力のお願いを掲示、声かけを実施、前年比で8割減の成果をあげた。日本郵便は、約2万4000局で1日10枚のレジ袋を削減すれば、1年で約2000トンのCO2の削減効果があるとする。
 環境省のアンケート調査では、レジ袋や箸などを必要か確認しないこと、通販などで商品よりも大きな箱で配送することに対し、過剰だと思う人が6割を超えている。レジ袋の有料化も5割以上が容認する。政府もバイオマスプラスチック類の普及を推進、2030年度の目標を197万トンとしている。レジ袋のみでなくストローなどを紙製に切り替えるコーヒーチェーン店もある。
 郵便局物販サービスは、新潟県南魚沼市と湯沢町で非食用のコメを含有したバイオマスプラスチックの指定ゴミ袋を、郵便局を通じて販売している。新潟県はコメの一大産地、コメ由来のバイオマスプラスチックは環境対策で期待される素材の一つ。開発したのは㈱バイオマスレジン南魚沼。東京で2月26~28日に開催された「第2回資源リサイクルEXPO」にも郵便局物販サービスはブースを設けた。食用に適さないくず米、砕米、米粉が原材料の新素材「ライスレジン」を使ったレジ袋などを展示した。食用に適さない古米などの活用は意義あり、食品ロスの減少にも通じる。
 近年、海洋中のマイクロプラスチックが生態系に及ぼす影響が懸念されている。環境中に存在する微小粒子で、1ミリよりも小さい粒子と定義している学者もいるが、一般的には5ミリ以下とされる。海洋生物がマイクロプラスチックと付着した化学物資(PCBやDDTなど)を摂取し、生体系に影響することが危惧されている。
 海には年間、少なくとも800万トンものプラスチックのゴミが流れ込み、既に1億5000万トンに達するという。今後も流れ込む量が増え続ければ、2050年には魚の量を上回ると世界経済フォーラムの報告書では警告している。海洋に存在するマイクロプラスチックは、日本を含む東アジアの海域が群を抜いて多いとされる。
 日本は、国民1人当たりのプラスチック容器や包装のゴミの量が世界2位。レジ袋も国民1人当たり1日1枚は使っているとされ、使い捨てプラスチック大国だ。郵便局では数多くの商品やサービスを提供するが、未来の子どもたちに美しい地球を残していく使命も担う。環境問題に対する意識を高め、行動を変えていくことが重要だ。
 限りある資源を有効に使い、製品の価値を可能な限り保全・維持し、廃棄物の発生を最小化する「循環経済」への転換が求められている。「循環経済」により、2030年までに世界で4.5兆ドル(約507兆円)の経済効果が見込まれ、日本でも約20兆円以上のGDP増の可能性があるとされる。富山県ではレジ袋の有料化に取り組み、マイバックの持参率が95%に達する。レジ袋の無料配布の廃止を続けていくべきも81%と、環境問題への県民の意識が高いことは注目される。
(和光同塵)

2020年 3月9日 第7030号

配達時は笑顔とアイコンタクト

 ゆうパックの配達時に、ほぼすべての配達員が身だしなみを遵守し、呼び出し時においても不快感を与えない対応ができている。また、きれいな状態で受取人に渡すことができており、配達希望時間の遵守も9割近い実施率となっている。一方、対面時、退出時の接遇向上が求められている。
 日本郵便が実施した「2019年度ミステリーショッパー」の調査結果だ。調査は全国の集配局を対象に、ゆうパックの配達員の日頃の応対動作をチェック、改善に役立てるのが目的。正規社員、非正規社員、受託者の全てを対象とし実施した。
 覆面調査とされるミステリーショッパーは、サービス改善手法で、米国で生まれた。小売店や銀行、行政機関など多くの店舗で導入されている。お客として店舗に行き、項目・基準に沿ってチェックする。現在では様々な業種で導入されいる。
 配達員の応対動作の実施率は「お呼び出し時」が81.5%、「対面時」が44.1%、「お渡し時」が76.5%、「退出時」が50.1%、「身だしなみ」が95.2%、「荷物の状態」が98.9%、「配達希望時間帯の遵守」が89.4%。対面時、退出時の実施率が低く、日本郵便は接遇の伸びしろが大きいとしているが、改善が期待される。
 対面時、退出時の応対動作チェックの項目は「あいさつがあった」「アイコンタクトがあった」「プラスαの声かけがあった」「五分咲き以上の笑顔があった」。これに加え、対面時は「郵便局であることと要件を伝えた」、退出時は「ドアを丁寧に閉めた」がある。また、プラスαの声かけとは「いつもご利用いただき、ありがとうございます」「またよろしくお願いいたします」といった、ひと声かけのことを指す。
 お客さまにより良い印象を与える応対動作のトップ5は①退出時に「五分咲き以上の笑顔があった」②退出時に「アイコンタクトがあった」③対面時に「五分咲き以上の笑顔があった」④対面時に「あいさつがあった」⑤対面時に「アイコンタクトがあった」。
 お客さまが「温かく好感の持てる応対だった」と感じた応対動作は、いずれも対面時、退出時に関する項目。特に笑顔とアイコンタクトは、対面時、退出時ともに印象に大きく影響する。調査に協力した人のコメントも、印象の良し悪しは、笑顔やアイコンタクトに関連する意見が多く見られた。
 「玄関を開けた時から閉めるまで、親しみのある笑顔と声かけだったので、またこの方に配達してほしいなと感じた」「呼び出し時に他の作業をしていて時間をとらせたが、配達員は気にすることなく笑顔だった。荷物を手渡しする時には、私の目を見てくれ、丁寧に受け渡してくれているとの好感が持てた」。
 一方、「応対中、目が一度も合わなかった。終始、真顔だったので、アイコンタクトがあって笑顔があると、より印象の良い応対になると思った」「表情に笑顔がなく、ハンコを押した後は、アイコンタクトや言葉もなく、『ご苦労さま』と声をかけても、すぐに背を向けて行ったので、何かひと言のあいさつがあると良かった」との声があった。
 こうした声を参考に、笑顔やアイコンタクトを意識すると、与える印象は大きく変わるだろう。「笑う門には福来たる」と諺にもあるが、笑顔には多くのプラスの効果があるとされる。笑顔の周りには人が集まり、明るい雰囲気が漂う。人間関係が良好になり物事がよい方向に進みやすくなる。
 また、笑顔がもたらす最も大きな効果と言われるのがストレス解消。笑顔になることで、脳内には幸せホルモンと呼ばれるセロトニンが分泌され、これによって、ストレスが解消される。配達員にとっても良い効果があるだろう。
(和光同塵)

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