コラム「春秋一話」

 年/月

2020年 1月20日 第7023号

子年生まれは1062万人

 子年に生まれた人は1062万人。総務省統計局が1月1日現在で推計している。男性は516万人、女性は546万人。総人口1億2604万人(男性6134万人、女性6469万人)の8.4%を占め、十二支の中では3番目。ちなみに最も多いのが亥年の1135万人、次いで丑年の1077万人。
 年齢別では第1次ベビーブーム(昭和22~24年)世代で、今年に72歳となる昭和23年生まれが209万人と最も多く、第2次ベビーブーム(46~49年)の48歳になる47年生まれが200万人と続く。最年少の平成20年生まれで12歳を迎えるのが108万人。最多の昭和23年生まれの約半分となっている。なお、96歳となる大正13年生まれは17万人。
 また、新成人(1月1日現在で20歳)は122万人。男性は63万人、女性は59万人。総人口に占める割合は0.97%、前年に比べると3万人ほど減少、0.02ポイントの低下だ。いずれも4年ぶりの減少・低下だ。
 新成人は推計を開始した昭和43年から第1次ベビーブーム世代の昭和24年生まれが成人に達した45年が246万人(総人口に占める割合は2.40%)で最も多くなった後、減少に転じて53年には152万人(同1.33%)となった。
 その後、増加傾向となり、第2次ベビーブーム世代が成人に達した平成6年の207万人(同1.66%)をピークに、再び減少傾向を続け、23年からは総人口に占める割合も1%を切っている。

ひと杓(しゃく)の水にも願ひ初詣
 元旦に願いを込めて初詣をした人も多いだろう。京都市左京区の大豊(おおとよ)神社には、こま犬ならぬ“こまネズミ”がある。889年に宇多天皇の病気平癒の祈願のために創建されたとされるが、こまネズミは1969(昭和44)年に作られた比較的新しいもの。境内の末社「大国社」に鎮座している。
 社はいなばの白兎の神話で知られる大国主命を祀る。大国主命が野火に囲まれた折、ネズミが洞窟に導いて救ったという古事記の記述にちなむ。高さ約50センチのこまネズミは、学問を象徴する巻物を持つものと長寿の水玉を抱えるものとが一対となっている。普段は訪れるひとも少ないが、この正月には多くの参詣者が列をつくった。
 こまネズミは横浜市西区の杉山神社にもある。打出の小槌を手にしたオスとメスの一対だという。大阪市浪速区の大国主神社には、それぞれ小槌と米俵を持った一対があり、金運招福のこまネズミとして人気がある。
 
 十干十二支では今年は「庚子」(かのえね)。「新たな生命が種子の中に閉じ込められた」状態をいうとされる。枝もたわわに実った果実が種子となり、エネルギーを蓄えて次の世代への引継ぎを準備していることだそうだ。新たな生命が兆し始める、変化が生まれる状態、いわば芽吹きと繁栄の始まり。
 新しいことにチャレンジするのに適した年とも言える。初詣では新たな飛躍への年でありたいと祈願した人も多いだろう。
 今年が良き年となるよう願う。
(和光同塵)

2020年 1月13日 第7022号

令和2年、良い年となるよう願う

 令和となって最初の年越し、令和2年(2020年)がスタートした。
 昨年の改元が5月、令和としては8か月間であり、改元後の元日から1年を迎える最初の年である。東京五輪・パラリンピックが7月から行われることもあり、良い年となるように期待されている。
 改元が行われる年は新しい元号の期間は年の途中からとなるので、丸々1年間を通すのは改元2年目となる。昭和元年(1926年)は、大正15年12月26日に改元され6日間だった。一方、平成元年(1989年)は1月8日からであり、その年の昭和64年は7日間だった。
 令和は当時の天皇の退位の意向を踏まえて改元されたものだが、それまでの崩御に伴う改元と違い、改元の時期も1か月前に発表され、祝賀ムードに包まれたものとなり、新しい時代の幕開けを感じられたものだ。
 昭和の時代は6日間の昭和元年から、7日間だった昭和64年まで約60年になるが、終戦の昭和20年、そして日本で初めてオリンピックが開催された昭和39年が大きな節目と言える。
 昭和初期から終戦までの20年間は経済も低迷し、軍国主義一色の時代。それが敗戦により新たな民主主義の時代の始まりとなり、「もはや戦後ではない」と言われた昭和30年代から始まった高度経済成長、昭和39年の東京オリンピックを経て、経済発展は目覚ましいものだった。平成元年になっているが、昭和最後の年となった年末の日経平均株価の終値は4万円に届こうかという過去最高の額であった。
 そして迎えた平成2年、前年までの株価の勢いは瞬く間に落ちていく。しばらくの間、日本経済はまた浮上するはずと言われていた。しかしそれまでの株価、不動産の高騰が泡(バブル)であったことが分かるのにそれほどの年数は必要なかった。
 そのようにして始まった平成の約30年間。後に「失われた10年」「失われた20年」と呼ばれた時代の始まり、右肩上がりの経済成長を疑わなかった日本経済の低迷、そして災害の多い時代でもあった。
 主な災害を振り返ってみると、平成に入ったばかりの平成3年、長崎県の雲仙・普賢岳の火砕流。平成5年、北海道南西沖地震で奥尻島の大津波。平成7年には阪神・淡路大震災。平成16年、台風23号による風水害と新潟県中越地震。そして平成23年には東日本大震災が起きた。さらに平成26年には御嶽山が噴火、平成28年の熊本地震、平成30年の西日本豪雨、と大きな災害に見舞われた時代でもある。
 「平成の時代は戦争がなかったということが一番重要」との前天皇の発言は象徴的だが、一方では日本経済の低迷、災害の発生が印象に残る時代でもあった。昨年、令和元年の年にも台風による大きな被害が出て犠牲者も出ており、災害の多かった平成を引きずるかのような状況ではあったが、それも平成最後の年のことと思いたい。
 年越しを「去年今年貫く棒の如きもの」と詠んだ高浜虚子の句があるが、昨年から今年への年越しは節目と思いたい。大晦日、NHKの紅白歌合戦で松任谷由美さんが「ノーサイド」という曲を歌ったのがとても印象的だったが、低迷、災害が象徴的な平成の終わりを締めくくる「ノーサイド」、そして本年が災害のない良い年となるよう祈りたい。
(多摩の翡翠)

2020年 1月6日 第7021号

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2019年 12月23日 第7019・7020合併号

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2019年 12月16日 第7018号

地方創生と郵便局ネットの活用

 全国郵便局長会の地方創生フォーラムが各地で開催されている。全特は地域貢献活動を行ってきたが、2014年5月に日本創成会議・人口減少問題検討分科会(増田寛也座長)が発表した、いわゆる増田レポートなどをきっかけに、地方創生に取り組んでいる。
 地方からの人口流出が今後も続くと、2040年には市区町村の49.8%が消滅可能性都市となると公表された。東京一極集中に歯止めをかけること、子育て支援や地方への移住、地域活性化などに一石を投じることだったが、名前を挙げての公表で、その反響は大きかった。
 少子高齢化・人口減少の進展のなかで、東京一極集中を是正、いかに地方へ人を移すのか、それぞれの自治体に合った対応が求められ、地域に密着した郵便局が協働することが期待されている。日本郵便にも地方創生を担当する部署が設けられた。
 11月23日に行われた関東地方会のフォーラムでは、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局の高橋文昭次長が講演した。昭和62年に郵政省に入省、総務省情報流通行政局郵政行政部郵便課長などを歴任している。
 戦後、これまでに東京圏への顕著な人口移動は3度あったという。1950年代からの集団就職、高度経済成長で62年には転入超過が38.8万人に達した。バブル景気で1987年には16.4万人、そして2018年には13.6万人を記録している。
 景気により変動するが、現在も増加傾向で、名古屋、仙台、札幌、福岡などの大都市からも流入しているという。年齢としては15~29歳、進学や就職がきっかけとみられる。女性は男性よりも人数としては少ないが、上京してから形成したコミュニティができると、戻らない傾向が強い。
 ただ、NPOふるさと回帰支援センターへの問い合わせは、20~30代を中心に10年間で10倍になったそうだ。都市圏は通勤時間が長く(往復で大分の56分に対し神奈川110分)、住宅の延べ面積も狭く(富山177平方メートルに対し東京90・68平方メートル)、待機児童問題などがある。
 東京生まれ・東京育ちが増えているが、自然に包まれてのゆとりある生活に、魅力を感じる人は多いだろう。従来のUターンではなくIターンに変わりつつあるという。地方移住への関心も高まっているが、若い世代の移住には安定した仕事が欠かせない。
 政府の「まち・ひと・しごと創生戦略」の基本目標は「地方に仕事をつくり安心して働けるようにする」「地方への新しいひとの流れをつくる」「若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる」「時代に合った地域をつくり、安心な暮らしを守るとともに、地域と地域を連携する」。
 こうした目標の具体策の実現には、ユニバーサルサービスを担う郵便局の協力が必要とされる。同時に地域コミュニティの中核となることも想定されている。高橋次長は、郵便局と地方創生を考える際、基幹の3事業以外にネットワークを活用した業務の重要性も挙げる。
 「全国に拠点を置くことを義務付けられた組織はなく、ネットワークは大変な努力で支えられている。業務を超えた局長の皆さんたちの力強い支えもあって、安心・安全・防災の拠点として成り立ってきた。地方が元気になり、活性化すれば、郵便局にも還ってくるものがあり、好循環が生まれるのではないか」と強調する。地方創生に一層の郵便局の活用が期待される。
(和光同塵)

2019年 12月9日 第7017号

郵便局に「フードボックス」

 社会問題として「子どもの貧困」が注目されている。生まれ育った家庭の経済状況などに関わらず、未来に希望を持ち、自立する力を伸ばすことのできる環境を提供することは社会的責務だ。
 子どもの貧困率は、1980年代から上昇傾向にあり、今日では7人に1人が貧困ラインを下回る生活を余儀なくされているとされる。2013年に子どもの貧困対策の推進に関する法律が成立したが、対策はまだ不十分だ。OECD加盟国の中でも最悪の水準にある。
 経済的困窮を背景に医療や食事、学習、進学などの面で極めて不利な状況に置かれ、将来も貧困から抜け出せない傾向が明らかになりつつある。 “貧困の連鎖”を断ち切ることが求められている。子どもの貧困問題への対応は喫緊の課題となっている。
 「子どもの貧困」の連鎖は、急速に進む人口減少との相乗によって、人材・市場の縮小、社会保障費の増加といった悪影響が及ぶと指摘される。貧困をなくすのは容易ではないだろうが、自治体やNPO法人、企業などが連携、子どもの居場所づくり、子ども食堂、学習支援、フードバンク(ボックス)などの取組みが進められているものの、まだ十分とは言えない。
 鳥取県因幡地区連絡会(谷口雄史統括局長)では、鳥取市が平成27年11月から継続的に支援している「鳥取市地域食堂ネットワーク」の取組みに賛同、2月から「地域食堂(こども食堂)」への支援を開始した。連絡会の全56局にフードボックスを設置、子ども食堂に寄付している。行政と郵便局の連携による全国初の試みとして注目された。谷口統括局長は「従来から住みよい街づくりなどの支援に取り組んできた。局長や社員が地域の皆さまにフェイス・ツー・フェイスでお願いし、輪を大きく広げ、子ども食堂への橋渡しを担う。全国各地にも広げていきたい」と強調している。
 同様の取組みは、沖縄県うるま市の郵便局でも7月から始まっている。沖縄支社(比嘉明男支社長)は、うるま市の石川郵便局で、市役所、社会福祉協議会と「子どもの貧困対策に関する協定」を締結、郵便局にフードボックスを設置した。
 子どもの貧困対策は沖縄県内でも大きな課題。失業率が高く7人当たりの県民所得が全国最下位で、深刻な状況。沖縄県が公表したの相対的貧困率は全国平均の約2倍の29.9%。子どもの3人に1人、約9万人が貧困状況とされる。沖縄県も子どもの貧困対策を最重要政策としている。
 比嘉支社長は「日本郵便は地域の社会的課題解決のため、自治体等と協働、郵便局ネットワークの機能、資源を最大限に活用した取組みを行ってきた。子どもの貧困の解決に、大きな一歩となると確信している。日本郵便の持てる資源を活用したい」と話している。
 関東支社(西澤茂樹支社長)と群馬県前橋市も「まえばしフードバンク事業」で連携する協定を締結した。11月から前橋中央郵便局、前橋東郵便局、大胡郵便局に寄付食品用の「まごころフードポスト」を設置した。市民にとってより身近な場所での寄付が可能となった。
 2012年に始まった「子ども食堂」は、全国に3700か所以上になったとされる。子どもの貧困対策だけでなく、高齢者の健康づくりや子育て支援といったことも加わり、地域の交流拠点としての役割を果たしている所もあるという。郵便局ネットワークを通じて、地域の安心・安全に貢献することは意義深く、「フードボックス」の拡大に期待したい。
(和光同塵)

2019年 12月2日 第7016号

世界経済、リーマン以来の低迷

 景気の減速傾向が強まっている。内閣府は11月14日に今年7~9月期の国内総生産(GDP)の速報を明らかにした。物価の影響を除く実質(季節調整)で前期(4~6月期)に比べ0.1%増となった。年率換算では0.2%増となる。
 GDPの半分以上を占める個人消費は、実質0.4%増と2四半期連続の増加。化粧品、パソコン、テレビなどが増加に寄与したとみられている。10月からの消費増税をにらんでの駆け込み消費が、一定程度は押し上げたものの、前回の消費増税前(2014年1~3月期)の2.0%増に比べると低い伸びに止まった。
 駆け込み需要と反動減を抑えるために、ポイント還元などが行われているが、消費する力そのものが縮小していると指摘されている。駆け込み効果は限定的だった。雇用者報酬の伸び率もわずかだがマイナスとなっている。
 輸出は0.7%の減。日韓関係の悪化に伴い、訪日外国人の減少によって消費が低迷したことが響いた。また、米中摩擦の激化や中国経済の鈍化があり、これらの影響はしばらく続くと見られている。
 実質GDP成長率に対する寄与度をみると、国内需要(内需)は0.2%と4四半期連続の増だが、伸びはわずかだ。また、輸出から輸入を引いた財貨・サービスの純輸出(外需)は0.2%減と2四半期連続でマイナスとなった。
 来期(10~12月期)は消費増税の影響も強まり、マイナス成長も予測されている。内需は力強さを欠き、外需の回復も見通せない。今後の景気動向が懸念されている。
 国際通貨基金(IMF)は、2019年の世界経済成長率は3.0%と、リーマン・ショックでマイナスに落ち込んだ2009年以来の低さと最新の見通しを10月15日に明らかにした。
 今年は世界経済が縮小した09年以降で最も低い伸びとなるという。2020年の予測も3.4%と前回より引き下げている。長期化する米中貿易摩擦による世界的な貿易の減速、企業の設備投資の減少が主な要因としている。
 2019年の成長率は、米国が2.4%と前回より0.2ポイント、ユーロ圏は1.2%で0.1ポイント、中国は6.1%で0.1ポイントといずれも下方修正している。2020年は米国が2.1%、ユーロ圏が1.4%、中国が5.8%と予測している。
 日本の2019年の成長率は前回の0.9%から変更はなかったが、消費増税で家計支出が鈍化し、景気減速は避けられなく、2020年は0.5%まで成長率が低下するとした。家計を温め内需を拡大する施策が求められている。
(和光同塵)

2019年 11月18日 第7014・7015合併号

天皇陛下の即位の儀式に思う

 10月12日に天皇陛下の即位のパレードが予定されていたが、台風被害などに配慮して11月10日に延期となった。11月14日の夜から15日の未明にかけては「大嘗宮の儀」が行われた。即位に関連する主な行事は、一応終ったと言えよう。こうした動きを見ながら、久しぶりに天皇制のあり方などについて考えさせられた。
 パレードには多くの人が参加し、即位の儀礼は共感のうちにあったと報道は伝えている。他方で、この儀式には無関心も多かったとも伝えられる。思い起こせばということになるが、昭和天皇の崩御時に見られたような自粛も含めた雰囲気とは違っていたのは確かである。
 昭和天皇の崩御時には重くるしいムードが自粛という雰囲気と共にあり、ここに天皇統治(神聖天皇)の遺風を感じた。もちろん、これに警戒心や違和感を持った人も、逆に共感した人もいたのだろうが、上皇陛下はこの時のことを思って、象徴天皇にふさわしいあり方を模索し、それが生前退位の提起になったと言われる。
 今回の生前退位から新天皇の即位の儀式を見ていると、象徴天皇のあり方への配慮が見られた。今回の一連の儀式が共感というか、安堵感を持って迎えられた理由であると思う。しかし、儀式のあり方は、その様式を含めて天皇統治の時代の名残を感じさせることもあった。
 日本国憲法に記されているように、国民の総意としての象徴天皇なら、その儀式についてもっと国民的議論があってもよかったと思う。今回の儀式はかなり宗教色が強く、それならば天皇家の私費で行ったらという提起が秋篠宮さまからなされたと伝えられる。
 かつての天皇統治の下では、こうしたあり様などを議論することなどできなかった。終戦を契機に天皇のあり方は転換、それは憲法に記された国民主権に基づく象徴ということになった。神聖天皇ではなく、天皇統治は否認するということを最低の合意とするものだった。それは象徴天皇やそのあり方はタブーなく論議されるべきであり、天皇は開かれた存在であるべきだということだろう。
 一連の儀式を見ていると、かつての神聖天皇時代の遺風であると思わざるえないところもある。いくつもの儀式が古くからのものの踏襲であるのはいい。ただ、それがどのような手続きを経て決まったかであり、そこに国民的な議論が存在したかということだろう。その媒介役を担うメディアの問題もあるように思う。この問題は女性天皇や女系天皇の是非にもつながるだろう。女性天皇や女系天皇は、保守派には否定の意向が強いようだが、これは万世一系というこだわりでもあるとされる。世論の8割以上が女性天皇や女系天皇を容認する考えだと伝えられる。神聖天皇(天皇統治)を否定して出現した日本国憲法に立つならば、女性天皇や女系天皇を否認する理由はない。天皇制維持には議論が深まることが期待される。
 タブーではなく、もっと論じて結論は出せばいいのだろうが、天皇のことになるとどこか身構えてしまうことから自由になることも今の時代には求められるのだろう。女性天皇、女系天皇についての議論は活発ではなく、公然とは論じにくいといことが見受けられる。天皇や天皇制についてもっと自由な議論が必要と、これは儀式を見ながら感想でもあった。
(坂田の力)

2019年 11月11日 第7013号

「憮然」は腹を立てている様子?

 「失望してぼんやりとしている様子」を意味する「憮然」を、「腹を立てている様子」と理解している人が56.7%と半数を超える。同様に「大いに有り難い」の「御の字」を「一応、納得できる」が49.9%、「無味乾燥でつまらない様子」の「砂をかむよう」を「悔しくてたまらない様子」が56.9%と、本来の意味とは違う使い方をする人が多くなっている。
 文化庁は2018(平成30)年度「国語に関する世論調査」の結果を10月29日に公表した。1995年度から毎年実施しているもので、社会状況の変化に伴う日本人の国語に関する意識や理解の現状を調査し、国語施策の参考にすることを目的としている。
 漢字・慣用句・敬語・外来語などの理解度や関心度、会話や手紙といった言語コミュニケーションの現状に対する意識を調査。18年度は無作為に抽出した16歳以上の男女3590人を対象に個別面接を行い、1960人の有効回答数を得た。
 「自分の言うことに、うそ偽りがないことを固く約束するさま」を表す慣用句では、53.7%が「天地天命に誓って」を選び、本来の言い方の「天地神明に誓って」より多かった。同様に「論理を組み立てて議論を展開すること」を「論戦を張る」とする回答が44.0%と、「論陣を張る」という本来よりも多数となった。一方、「前言に反したことを、すぐに言ったり、行ったりするさま」では、「舌の根の乾かぬうちに」という本来の言い方が「舌の先の乾かぬうちに」より多かった。
 また、常用漢字表にはないが、よく使われる字について聞いている。注目されるのは「絆」。「絆を深める」との例文で尋ねたが、「この漢字を使うのがいい」が90.9%に達した。東日本大震災を機に、目にすることが多くなったものと思われる。また「手を叩く」の「叩」、「癌を取り除く」の「癌」も支持が高い。「訊問をする」の「訊」、「道が交叉する」の「叉」、「障碍を乗り越える」の「碍」は相対的に支持が低かった。
 言葉は時代と共に変化する。これまでも敬語などの言葉遣い、慣用句・熟語の誤用が多数派になっていくことや、「ら抜き言葉」「さ入れ言葉」、漢字の使い方や読み方、外来語の理解度などが話題になってきた。本来は誤用であったものが多数派となった例もある。
 「来る」「食べる」「考える」など「ら抜き」の定着、「お召し上がり下さい」「お帰りになられました」「おっしゃられた」などの二重敬語への抵抗感も既に少ない。「休まさせていただきます」「伺わさせます」「帰らさせてください」などの謙譲語の誤用を、気にならないとする者も半数を超えた。
 「与える」の尊敬語「あげる」を目下などに対して「やる」に代わる丁寧語として用いる傾向も増加。言葉のしつけや言語環境の変化だ。「情けは人の為ならず」を「情けは人のためにならない」とする誤解が正答と並ぶ。「取り付く暇がない」も「島」にほぼ並ぶ。「汚名返上」の誤用である「汚名挽回」も多数派となった。
 会話で、その人の言いたかったことと自分の受け取ったこととが食い違っていた経験は、6割以上が「ある」という。言葉による世代間のギャップが指摘される所以だが、正しい意味を理解することも重要だ。
 国語に関する世論調査では、読書についても回答を求めた。1か月に何冊くらい読むかは、「読まない」47.3%、「1、2冊」37.6%、「3、4冊」8.6%、「5、6冊」と「7冊以上」がそれぞれ3.2%だが、以前と比べ「読書量は減っている」が67.3%に達し、増加傾向にある。
 読書の良いところは「新しい知識や情報を得られる」「豊かな言葉や表現を学べる」「感性が豊かになる」などの回答が多く、「読書量を増やしたい」と思う人は60.4%と、読書の効用は認識している。
 読書の秋だ。じっくりと本に親しみたい。
(和光同塵)

2019年 11月4日 第7012号

母を偲ぶ残された郵便ポスト

 2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災から8年、まだ復興は道半ばだ。地震規模のモーメントマグニチュードは9.0、最大震度7を記録した。震源域は岩手県から茨城県の沖まで南北約500キロ、東西約200キロのおよそ10万平方キロにも及んだ。
 地震に伴う津波も記録的だ。場所によっては10メートル以上、最大遡上高は40.1メートルにも達する巨大な津波が発生、東北・関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害が出た。
 震災による死者・行方不明者は1万8429人、建築物の全壊・半壊は合わせて40万4890戸が確認されている(今年7月9日時点)。いまだに約5万人の避難者がいる。自然災害で死者・行方不明者が1万人を超えたのは戦後初めてで、明治以降でも関東大震災、明治三陸地震に次ぐ被害規模だった。

 宮城県石巻市鮎川の鮎川郵便局(佐々木和弘局長)も津波にのまれた。仮設店舗から2016年12月19日に現在の地に移転し、営業を再開している。震災前の郵便局は解体されたが、その前にあった郵便ポストは残った。同じ場所で震災後も地域を見守ってきた。
 しかし、防潮堤が建設されることになり、9月24日に撤去された。9月28日に放送されたNHKテレビの朝の番組「おはよう日本」で、「母思う郵便ポストがなくなるとき」として、郵便局で働いていた母に寄せる娘さんの思いが取り上げられた。
    
 鮎川郵便局では津波で社員に3人の死者、2人の行方不明者が出た。行方不明者の一人が佐々木久子さん(当時56歳)。娘のゆかさん(38歳)は高台の自宅で家族6人と暮らす。
 地震後、一度は自宅へ避難したが、「お客さまのお届けものを濡らすわけにはいかない」と郵便局へ戻った久子さん。7メートルを超す津波が郵便局を襲った。遺骨も見つからず、居所も分からない母を、ゆかさんが感じることができる場所が郵便ポストだという。
 町の景色も変わる中、郵便ポストは残されてきた。辛い気持ちを呼び起こす場所だから、普段は立ち寄ることはほとんどないが、命日には郵便ポストの側に花を供えてきた。
 震災から8年、復興工事が進むなか、郵便ポストの撤去が決まった。海岸沿いに造られる防潮堤が郵便ポストの位置にかかるためだ。「母が最後に居た場所」の証だった郵便ポスト。子どもの送り迎えや買い物に出るとき、ふと目にする郵便ポストが、母を思うきっかけになってきた。
 同居していた母は、子どもたちにとって優しいおばあちゃん。ゆかさんは「気持ちの区切りになればいいけど、なくなったら寂しさを感じる」と話す。
    
 番組では9月10日、郵便ポストの利用中止・撤去予告のお知らせを集配社員が貼り付け、24日に撤去された郵便ポストへの佐々木局長の思い、ゆかさんが子どもたちと最後に手を合わせる場面などが放送された。
 震災から月日が経つにつれ、大切なつながりを感じてきたものも消えていく。辛い記憶を思い出す一方で、家族の複雑な思いもあるだろう。震災後も地域に親しまれてきた郵便ポスト、撤去された郵便ポストは石巻郵便局で保管されているが、東北支社へ移管され、震災遺構として展示されることが検討されている。
 震災は人々の心に大きな影を残し、生活の変化も余儀なくさせる。しかし、次世代の防災のためにも、語り継ぐことの大切さを改めて思う。
(麦秀の嘆)

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