「通信文化新報」特集記事詳細
2025年10月06日 第7321号
【主な記事】
北陸支社 加納聡支社長
能登半島地震の復旧、サービス再開に全力
郵便局はなくてはならないインフラ
助け合いの風土を実感
甚大な被害をもたらした昨年元日の能登半島地震から1年9か月。郵便局の復旧、サービス再開に全力で取り組んできた北陸支社の加納聡支社長は、改めて「郵便局はなくてはならないインフラだ」「郵便局は頼りにされている」と実感したという。今回、東日本大震災を経験した東北支社が貴重な助言を与え、阪神大震災を経験した近畿支社が「恩返し」の気持ちでいち早く応援に駆け付けた。日本郵便の「助け合いの風土」を強く感じた加納支社長は、自らが学んだ教訓をこれから1人でも多くの人に伝えていきたいと語る。
■昨年元日の能登半島地震によって、死者549人、負傷者1267人、住宅被害11万5681棟、避難者(最大)3万4173人(3月現在)と甚大な被害が出る中で、郵便局の復旧、サービス再開に追われてきました。
元日の発災だったこともあり、被害の状況についての情報がメディアからもあまり入ってこなかったため、災害対策本部を設置して、まず社員の安否確認を開始しました。
ただ、携帯電話がつながらず、日本郵便が持っている安否確認システムも電波状況が悪くて十分機能せず、安否の確認は難航しました。それでも、あらゆる手段を駆使し、ようやく発災から6日目に社員全員の安否を確認することができました。幸い亡くなった社員はいませんでした。このことが我々の一番の心の救いでした。しかし、家族を失った社員が何人かいました。能登の社員の中には、金沢や東海、四国などにまで2次避難した人もいます。
発災から2週間ぐらいは、社員にはとにかく命を守ることを優先するよう指示しました。その後、本社・他支社の力を借りて、残った人員で復旧へ向けてスタートしました。
発災当初は113局が閉鎖しました。被災地へ支社社員を送り込める状態になってからは、本社からも応援に来ていただき、窓口や集配をどう再開していくかの検討に入りました。最初に駆けつけていただいたのは、東北支社の部長さんたちでした。彼らは東日本大震災の時に課長、主任クラスで対応した経験がありましたので、その経験に基づいて復旧の手順を教えていただきました。
奥能登地域では郵便物の配達ができる状況ではありませんでしたので、まず窓口での郵便物の交付を開始しました。本社からも支援をいただき、1月24日に珠洲市の珠洲郵便局、輪島市の輪島郵便局、門前郵便局、穴水町の穴水郵便局、能登町の能都郵便局、松波郵便局、柳田郵便局で交付を始めました。
交付を開始した日は忘れられない一日となりました。輪島郵便局は10時にオープンしたのですが、10時前から大勢のお客さまが郵便局の前に列をなしていました。能登の郵便局であれほど大勢のお客さまが並ぶ姿は初めて見ました。元日の年賀状の配達は終えていましたが、1月3日分以降、配達できない状況が続いていたため、年賀状などの郵便物を早く受け取りたいというお客さまが殺到したのです。
当時、地元のマスコミなども「1か月遅れの年賀状」などと題して、窓口で郵便物を受け取るお客さまの声を伝えていました。震災で亡くなられた人からの年賀状を受け取ったお客さまもいました。震災で大変な時期だからこそ、手紙が人々の心をつないでいるのだと実感しました。手紙を受け取ったお客さまはとても喜んでおられました。「この仕事を続けてきてよかった」「郵便局は地域になくてはならないインフラだ」「郵便局は頼りにされている」ということを改めて強く感じました。
昨年1月26日から奥能登地域の郵便局で順次ATMサービスも再開し、1月31日には一部の郵便局で窓口での郵便物などの引受と金融サービスを再開しました。この時も、住民の人々に大変喜んでいただきました。それが私たちの心の励みとなりました。
■震災で甚大な被害を受け、仮設店舗で営業していた、石川県穴水町の穴水郵便局が8月12日に新局舎で営業を再開しました。
穴水郵便局は集配を受け持つ郵便局の中で、唯一局舎が使えなくなった単独マネジメント局でした。幸い、車庫が使えたので、車両型郵便局を派遣してもらい、車庫の中で郵便物の交付を始めましたが、被災により局舎での局内作業ができない状態でした。そのため、昨年2月16日に旧日本航空学園向洋キャンパスの体育館を郵便作業所として通常郵便物の個別配送を再開するまで、新金沢郵便局の一部のスペースで局内作業をしなければなりませんでした。その時、近畿支社から応援に駆けつけていただき、その後、東北、東海、信越支社等などから交代で応援に来ていただきました。
最初に応援に来てくださった近畿支社の方は「30年前の阪神大震災の時の恩返しです」とも言ってくださいました。私は阪神大震災の時に応援に行ったのですが、私たちと同世代の人たちが当時のことを記憶していて、恩返しという気持ちで真っ先に応援に駆けつけてくれたのです。こうした助け合いの風土のある良い会社だと実感しました。
このように穴水郵便局のたすきを本社と各支社の皆さんがつないでくれたからこそ、今年8月12日に新局舎で営業を再開することができたのだと思っています。社員も非常に感慨深かったでしょう。その日は能登地域に土砂災害警戒情報が発せられ、屋外で予定していたセレモニーができず、局内で行いました。ところが、外務社員がバイクで出発する出発式の時だけ、一瞬晴れたのです。しかも、穴水局は郵便物を滞留させることなく完配することができました。たすきの重みを感じ、わずか1年7か月で再開できたという喜びを感じていたからでしょう。
早いタイミングで再開できたのは、本社が初期の段階で迅速な決断をし、施設の専門家などを派遣してスピーディーに進めていただいたからです。また、煩雑な手続きなども本社にお任せすることができました。本当に感謝しています。(2面につづく)
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