コラム「春秋一話」

 年/月

2024年04月15日 第7244・7245合併号

自信を持って チャレンジを

 2024年のプロ野球セリーグ・パリーグ公式戦が3月29日に開幕した。各チームとも優勝に向けて、ドラフトや外国人選手の獲得などで戦力を補強し、シーズンに臨んでいる。
 読売ジャイアンツは今年1月、新外国人選手として、メジャー通算178本塁打を放っているルーグネッド・オドーア選手を獲得し、大きな話題となった。
 しかし、左の大砲として期待されていたが、オープン戦からなかなか調子が上がらず、本塁打もゼロと、低迷が続いた。
 ジャイアンツの首脳陣はオドーア選手に2軍で調整をしてもらうことを決断し、阿部慎之助監督が本人に直接伝えた。すると、オドーア選手は2軍での調整を拒否し、退団を申し出た。その後、何度か話し合うも、オドーア選手の退団の意思は変わらず、ジャイアンツはそれを受け入れ、退団となった。シーズン開幕3日前のことだ。
 単年契約で推定年俸2億円と言われている。この年俸の扱いはどのようになるのかは分からないが、少なくともジャイアンツとしてはレギュラーとして考えていた選手が急遽いなくなってしまったわけだ。チームとしてはこうしたケースは非常に痛手となり、大きな損失を被ることになる。
 ただ、見方を変えれば、ポジションが1つ空いたことになり、若手を中心にポジション争いが繰り広げられ、チームとしてはいい効果が生まれることも期待できる。
 とはいえ、直前に急な形でこういうことが起こると、チームとしては普通、ダメージを受けることになるだろう。さらには日本のプロ野球が無下にされた感じも否めない。
 ある企業の採用担当者のSNSでの投稿が話題となっている。入社式を10日後に控えた3月下旬になって、魅力を感じた他社に入社を決めたという、1人の内定者から突然の入社辞退を申し出るメールが届いた、というもの。採用担当者は、メール1通で内定辞退の連絡を済まされたことに対して、怒りを通り越して呆れているという。
 ネット上では賛否様々な意見が散見される。元内定者に対して「メール1通でこの時期になって内定辞退の連絡を済ますことが信じられない」「電話できちんと辞退することを伝えるべき」など否定的な意見もあれば、「企業側だって『貴殿の活躍をお祈りしております』みたいに手紙やメールで不採用の連絡を済ませている」「海外ではよくある話」といった、どちらかというと共感する意見もある。
 採用担当者が「こんなやつに内定出しやがって」と責任を問われ、怒られるとしたら、それもまたあまりに気の毒だ。
 私は、人を採用する立場を経験したことはないが、いままでいくつもの職場で働いてきた中で、新しい人が入社してくる場面が何度もあった。
 その中でもインパクトが強かったのは、入社初日、普通に出社して仕事をしていたにも関わらず、翌日に「辞めたい」という電話があって去って行った若者がいたこと。「お母さんと話をして、やはり別の仕事がいいということになった」というような理由だった。嘘も方便ではないが、もう少し気の利いた理由を言えなかったのかな・・・と思った。
 2024年度、日本郵政グループ各社に1776人の新入社員たちが入社した。上述のような人たちとは違い、強い決意を胸に、大きな希望を持って入社してきたと思う。
 それぞれの職場でコミュニケーションを図りながら、同期のつながりも大切にして、自信を持って、いろいろなことにチャレンジしていってほしい。
 グループ各社で働く人たちが、やりがいを持って働けるような体制がしっかりと整ってくれることを願ってやまない。(九夏三伏)

2024年04月08日 第7243号

郵便局を公共サービスの拠点に

 郵政事業の在り方などが議論されている。日本郵政と日本郵便を合併、ゆうちょう銀行とかんぽ生命保険を傘下とするものだ。新会社は金融2社の株式の3分の1超を保有することなどが焦点。民営化で三事業の一体感が希薄化、ユニバーサルサービスの提供や郵便局ネットワークの維持に課題が生じ、現場での閉塞感も漂う。働きやすい職場環境の整備とともに、重要なのは利用者へのサービス向上。
 また、少子高齢化、人口減少社会などを背景に、市町村の支所など公共サービスの拠点が減少する中、地域住民が日常生活を営むのに不可欠なサービス、いわば基盤的サービスを郵便局の本来業務として明確化することも想定されている。自治体と連携強化、地域経済や住民生活を支えることが期待される。そのためのユニバーサルサービスのコストも検討課題だ。
 総務副大臣の折りに、フランスを視察した柘植芳文参議院議員(外務副大臣)は、郵政事業を担うラ・ポストが参考の一つになるとする。フランスの人口は約6800万人、面積は約55.2万平方㌔。日本は約1億2300万人、面積は約37万平方㌔。ラ・ポストは、株式会社だが政府が株式の34%、政府系金融機関(CDC=預金供託金庫)が66%を持ち、実質的には国営的公法人と言える。
 郵便・小包の配達サービスをはじめ、国内外への急送便サービス(ジオポスト)、小口金融や保険サービス(ラ・バンク・ポスタル)、小売りやデジタルサービスを担う部門などを持つ。Eコマースの進展などで荷物の取扱いは増加傾向にある一方で、郵便物の減少は世界的な傾向にある。そのためラ・ポストは事業の多角化も進め、事業所物流のゴミ取集、高齢者・単身者世帯の見守りなども行う。
 郵便外務員は「ファクテオ」と呼ばれる携帯端末を持ち、顧客向けの全商品の情報を入れているほか、当日の配達道順が地図とともに示される。道路の損傷などを見つけた場合は画像を撮り自治体などに連絡する。高齢者の見守りに加え、バカンス中の自宅を見張るサービスや、要望に応じて買い物の受託、テレビやパソコンなどの機材の取り付けやサポートも請け負う。
 信頼できる郵便配達員を基本に事業戦略を構築するが、環境に配慮した物流として、パリ市内にラストマイル配達用のマイクロ・ハブ(超小型物流基地)の設置にも取り組む。マイクロ・ハブには24時間稼働の配達ロッカーを配備する。
 フランスの郵便局数は約1万7300局(直営郵便局が約7000、提携郵便局が約1万300局)。提携郵便局は地方郵便局が約7000局、取次郵便局が約3300局。提携郵便局では基本的な金融サービスも担う。地方郵便局はラ・ポストと政府および市長連合会の包括枠組み協定(地方郵政網協定)に基づいて運営される。
 この協定では、地方公共団体とその連合体は地方の郵便をカバーする公共サービスを引き受けるとされており、地方郵便局は郵便、小包、金融サービスの大半を提供している。国民のニーズに合致するため、郵便局ネットワークの展開については、地方自治体と協議することになっている。
 ラ・ポストは郵便のユニバーサルサービス、地域社会への貢献、新聞・雑誌等への地域での配布、金融サービスへのアクセス確保といった公共サービスに関する責務を持つ。これはラ・ポストと政府とが締結する計画契約で規定される。具体的な内容などは3~5年ごとに見直されるが、これらの公共サービスには補助金の交付や予算化が行われる。また、郵便のユニバーサルサービスに関しては、政府からの補償が規定されている。
 政府とラ・ポストは計画契約に基づきユニバーサルサービスの内容、独占の範囲、サービスの品質、郵便局の廃止手続き等を約束する関係にある。国との契約により、社会的使命を果たすと同時に、さらに外国企業との提携・買収などにより、国際的な競争市場にも参入し、経営面の充実を図っている。
 ラ・ポストの経営状況は概ね良好とされるが、こうした例も参考に郵政事業の在り方の議論の進展が望まれる。(和光同塵)

2024年04月01日 第7242号

豊臣秀吉と山本五十六を支えた手紙の力

 豊臣秀吉と山本五十六。時代は違えども、ともに優れた統率力で時代を動かした英雄だ。この二人に共通するのは、「筆まめ」だったことだ。
 いざという時に力を発揮するのは人脈だと信じていた秀吉は、人の心をつかむために頻繁に手紙を書いた。特に織田信長の側近に宛てた手紙は大きな力を発揮した。
 天正9(1581)年2月、信長は正親町天皇を招待して「京都御馬揃え」を行った。いまでいう軍事パレードだ。ところが、秀吉は「中国攻め」の最中でパレードに参加できなかった。そこで、信長の側近である長谷川秀一に丁重な詫び状を書いた。平素からの手紙のやり取りによって、秀吉は人の心をつかんでいたのだ。本能寺の変をいち早く秀吉に伝えたのも長谷川だった。
 秀吉は正室の北政所(おね)や側室たちにも、まめに手紙を送った。常に相手の立場に立ち、相手の心に残るような手紙を書いた。作家の加来耕三氏は次のように指摘する。
 「秀吉は、手紙で相手を褒め、時には自虐やユーモアも入れて、読んだ人間が喜び、心に残るように、考え抜いて書きました。受け取った人は、『ああ、この人は自分のことをわかってくれているな』と思うと、心が動き、初めて感動が生じるのです」(『心をつかむ文章は日本史に学べ』)
 名古屋市秀吉清正記念館の加藤和俊学芸員は、「秀吉は、些細なことでもすぐに手紙で伝えようとした。彼にとって手紙は、自分の思っていることを相手に伝える有効な手段だった」と述べている。手紙の力なくして、秀吉の成功はなかったかもしれない。
 一方、連合艦隊司令長官として、部下を見事に統率した山本五十六は、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」という言葉を残している。この言葉は、人の心をつかむ極意を示している。
 山本も手紙の力を心得ていたのだろう。彼は家族や親戚、海軍の同僚や部下たちに多くの手紙を書いた。戦艦「長門」や戦艦「大和」には山本宛の手紙が大量に届いた。「連合艦隊司令長官様」は公文書、「山本五十六様」は私信。山本は私信に対しては自ら筆をとり、1日30通もの手紙を書いた。
 故郷・新潟県長岡市にある山本五十六記念館には、山本の書簡が展示されている。その一つに渡部與喜子に宛てた書簡がある。與喜子の父渡部與は、山本が明治23(1890)年に阪之上尋常小学校に入学した時の恩師で、山本をまるで我が子のように慈しんだ。山本が與喜子の学費の面倒を見た時期もあったという。
 昭和14(1939)年11月、與は友人とともに横須賀に山本を訪ね、軍艦を見物している。與が亡くなったのは、その半年後の15年5月30日のことだった。渡部家は重責にある山本の心中を騒がせてはならないと考えて、あえてそれを知らせなかった。ところが、山本は他から聞き、6月12日付で弔詞と香典を送った。それに対し與喜子は、臨終前後の様子を同月15日付で伝えた。記念館に展示されている與喜子宛ての書簡は、その返書として山本が同月20日付で送ったものである。
 「私と致しては明治23年以来満50年の御薫陶に対し 誠意奉公を以て師恩に報ずる所以と心得 努力致し参候」と記し、遺族を温かくいたわった。
 戦死する3か月前の昭和18年1月に、山本が「大和」から長岡の友人に宛てた手紙も残されている。当時、山本は南太平洋で厳しい消耗戦を指揮していたが、故郷への便りを欠かさなかった。長岡の小学校から届いた慰問文に対しては、クラス全員の名前を巻紙に記して返信したという。このように豊臣秀吉と山本五十六はともに手紙の力に支えられていたのだ。
 日本人の手紙離れが指摘されるようになって久しい。ついつい電子メールで済ませてしまうが、人の心をつかみ、人を動かす手紙の力を忘れないよう心がけたいものだ。(酒呑童子)

2024年03年18日  第7240・7241合併号

適度な刺激で体も脳も活性化を

 電車に乗ると、ほとんどの人がスマホをいじっている。新聞を縦長にして読んでいる人や、本を読んでいる人はめっきり少なくなった気がする。
 私は、新幹線や特急電車での長距離移動の時はスマホを見ることはあるが、在来線の電車の中でスマホを見ることはほぼ皆無だ。
 では何をしているかというと、車窓から見える外の景色をただ純粋に見ている。見慣れた景色もあれば、初めて見る景色もある。それはそれで、自分の中では飽きないものだ。
 地下鉄のように外の景色が見えない時は主に2つのことをしている。1つは、車内の広告を見て、漢字の画数を数える。画数の多そうな字を見て数えるのだが、たまに「あれ?書き順どうだったっけ?」なんて迷うこともある。ちなみに現時点で遭遇した画数の多い漢字は、三鷹駅の「鷹」の字で、24画ある。また、パッと見た感じ、画数がそれほど多くなさそうで、意外に多いのが「競」の字で、20画ある。
 もう1つは、車内の注意表記に併記されている英文表記を見て、そこからアルファベットをピックアップして単語を作る、というもの。中学生の頃、英語のネイティブの講師が授業で時々やっていたもので、頭の体操にもなる。
 例えば、この時期特に、車内でよく見かける注意表記の文言(以下、英文横表記になり読みづらいことをご容赦いただきたい)。
 「注意 Caution 座席下のヒーターは熱くなる場合がございますので荷物や足元にはご注意ください。Heater below seat is hot.Be careful keep your belongings and feet away from the heater.」
 この英文表記から、アルファベットをピックアップして、いくつか英単語を作成してみると、「season」「hero」「fruits」「key」「awake」「play」「reason」「foot」「yet」「something」「anything」「action」「feel」「again」「flat」「these」「melon」「lemon」「farmer」「screw」「horse」などなど。長い文章だと必然的にアルファベットの数も種類も多くなるので英単語も作りやすいが、短い文章だとこれがなかなか難しい。
 振り返ってみると、普段、漢字を書く機会は昔に比べて格段に少なくなっている。英語を日常生活で使用する場面も、今はほとんどない。ニュースで耳にするくらいだ。このまま何もしないでいると、それこそ忘れてしまいそうだが、こうした些細なことでもやっていると、脳の刺激にもなるかな、と思う。
 体力面において、例えばジョギングなど、運動をすることは健康にも良い。しかし、普段使わない筋肉等は年齢と共に確実に衰えていく。
 以前は日々ジョギングをしていた。諸般の事情で、現在は毎日ではなく週に何日か走る、というレベルになっているが、走る速度を落とさないとさすがにしんどくなってきている。
 また、雨の日などは室内で踏み台昇降運動(いす等の台を置いて、足で前後に昇り降りを繰り返す)をしていた。先日、何年振りかにやってみたら、速さ自体はゆっくりにせざるを得ないが、なんとかできた。
 しかし翌日から、太ももやふくらはぎの筋肉が猛烈に痛くなり、一週間以上治まらなかった。それもそのはず、踏み台昇降は本来、10~30センチくらいの台で行うものだが、私は高さ50センチくらいの椅子で行っていた。
 人間、個人差はあるが、年齢とともにどうしても筋力や体力は衰え、記憶も低下し、判断力や適応力等も衰えていく。それを完全には防げないまでも、せめて衰えるスピードを緩やかにしていくべく、身体や脳に適度な刺激を与え続けることは必要だと思う。
 各地で高齢化が進んでいく中で、地域で若さや健康を保つための複合的なイベントが企画・開催されるなど、そうした取り組みへの機運がどんどん高まっていってほしい。(九夏三伏)

2024年03月11日 第7239号

郵便局は公共・公的サービスの拠点

 少子高齢化、人口減少、市町村合併などによって、公共サービスを担う支所といった拠点、農協や銀行などの公的サービスの提供拠点、直売所や診療所という日常生活の維持に不可欠な拠点が年ごとに減少している。さらに地域交通の脆弱化も進み、高齢者を中心とした交通弱者が社会問題となっている。
 特に過疎地域は深刻な影響が出ている。こうした状況にあって全国に設置されている郵便局は、公共・公的サービスの拠点の受け皿として大きな役割を果たす可能性が非常に高く、その活用には大きな期待が寄せられている。
 大小120以上の島々、「天草五橋」により、九州本土と結ばれている熊本県天草市(馬場昭治市長、人口約7万人)。新鮮な海の幸に恵まれ、イルカウォッチング、南蛮文化やキリシタンの歴史を今に伝える観光スポットも豊富だが、25か所ある出張所を維持することが困難とし22か所を廃止、最寄りの23の郵便局に窓口業務を委託することにした(最寄りの郵便局がない3か所は存続)。
 住民票や印鑑登録証明書などの交付、体育館といった公共施設の使用申請も担う。天草市は出張所へ交代要員も含めて職員を配置し、年間約6800万円の経費がかかっているという。郵便局への委託は出張所機能を維持しながら大幅な経費削減が見込まれるとする。郵便局は地域に根差した身近な存在として、委託は市議会でも可決されている。
 今年10月1日からの開始へ向けて、委託先郵便局への回線工事や必要機器の設置などの整備と併せ、委託業務の協議・調整、郵便局と一緒になっての市民への説明などを実施、7月からは機器の動作確認や郵便局社員への研修を行い、10月の開始を目指している。
 市町村から委託を受けて実施する公共サービスは「地方公共団体の特定の事務の郵便局における取扱いに関する法律」に基づいて運用されるが、まだ実績は限定的な水準に止まる。
 地域拠点としての郵便局への期待は高まるが、主たる郵便事業は人口減少や手紙などの利用減などによって経営基盤は厳しい状況にある。郵便局ネットワークの維持には、金融2社からの委託手数料や交付金・拠出金制度のみでは早晩賄いきれない状況が懸念される。
 金融2社との資本関係を引き続き維持することは言うまでもないが、郵便局ネットワークを維持するためにも、郵便事業の厳しい状況を鑑みれば郵政三事業のみを前提とした財政基盤構造は限界に近い。
 制度設計に限界があるならば抜本的な見直しも検討されることが求められる。郵政関連法の改正が議論されているが、そこで最も重要なのは「法改正は利用者に対するサービスの向上を基準に考えなければならない」と長谷川英晴参議院議員は強調する。
 「郵便局ネットワーク、配達、決済、物販といった機能を活用しながら、いかに利便性を向上させるか、つまり利用者サービスの向上が基準。なおかつ会社経営にもプラスになるという視点で考えることだ。基準が経営状況を良くする、株主の利益を拡大することだけでは、郵政事業が果たすべき役割とは違う方向になる。地域の方々が不便さを感じていることに、郵便局がどのような支援ができるかという視点が重要」。
 郵便局の基本的な機能として三事業に加え、市町村などの公共・公的サービスも提供し、公的基盤としての位置づけを明確にする必要がある。「基盤的サービス提供業務」としての明文化も必要だろう。さらに、そうした機能を提供する郵便局ネットワーク維持のため、金融2社の株式売却益などを想定した基金の創設、政府による財政支援措置も求められる。(和光同塵)

2024年03月04日 第7238号

「見え方」を意識すると何かが変わる?

 ある日、東京の都心に近いところへでかけた時のこと。午前10時頃、商店街を通り過ぎ、中小企業や個人事務所などが並ぶ地域に差し掛かると、向こう側から紺色のキャップをかぶった中年男性が乗る赤い自転車がやってきた。
 現在は、ほとんどの人が郵便配達=(イコール)赤いバイクを頭に浮かべるだろうが、配達を受け持つ郵便局の周辺地域などでは自転車を使って配達しているところもまだまだある。聞くところによれば、省エネでの経費節減や環境に配慮したCO2削減のためではないらしいが・・・。
 その自転車についてだが、2023年4月1日の道路交通法改正で、「自転車を運転するすべての人がヘルメットをかぶるよう努めなければならない」と年齢を問わず、ヘルメット着用が努力義務化された。
 警察官は白と黒のパトカーのデザインを模したスタイリッシュなヘルメットを着用。また、日本郵便の競合会社(今は協力会社というべきか?)のヤマト運輸の配達担当のヘルメット姿も見かけたが、日本郵便はどうだろうか。知人は20代とおぼしき担当者がヘルメットをかぶっているのを見たことがあるというが、私は自転車で配達しているところは幾度となく見ているが、ヘルメット姿を見たことは1度たりともない。
 警察庁が2023年7月に実施した着用状況の調査では、着用率の全国平均は13.5%。最高は愛媛県59.9%、最低は新潟県2.4%と都道府県格差が大きく、私が見かけた東京都は10.5%で全国22位だそうだ。
 ヘルメット着用は努力義務であり、過料などの罰則もないものだが、そもそも、事故が多発し、発生時の被害(受傷)程度を下げるため、命を守るために着用を求められているものだ。そのような中で、公道を使用して仕事をしている者が着用していないのはどういうことなのだろうか。
 郵便局のシンボル〝赤色〟は、自転車に限らず、自動車、バイクなどの車両、そして「ポスト」と、その注目度は高い。良いことでも、悪いことでも目に付けば、公的企業の事象として大きな反響がある。
 一時期、言い方は変だが、目の敵のように、ドライブレコーダーで録画された赤いバイクの歩道走行や交通違反などの様子の動画がSNSなどに多数アップされたことがあるのをご存じの方も多いのではないか。
 まさか、ヘルメットが支給されていないことはあるまい。だとすれば、担当者の勝手な理由で勝手に判断し、着用していないことになるが、法律に反していないとは言え、それをたださない会社に全く問題がないと言い切れるのであろうか。
 と、このようにヘルメットひとつ取っても、好むと好まざるに関係なく目を引き、経緯や理由に関係なく、「見え方」一つで、仮に「針小棒大」に語られても文句は言えないことを理解すべきだと思うが、いかがだろう。
 「見え方」とは見る側の捉え方で、対象を目に入ってきた情報だけで判断すること。その判断には無意識といえども、見る側それぞれの経験や見聞による潜在意識が影響するものだ。
 この見え方の〝え〟を〝せ〟に替えると「見せ方」になり、たった一文字だが意味が大きく違ってくる。見られる側が見る側の印象なり、受ける影響などを考慮して、見せる側として能動的、意図的に働きかけるものになる。テレビコマーシャルや広告などでは当然だが、日常生活や対人以外の仕事、例えば前出の配達など、作業的な仕事では意識する人は、ほぼいないだろう。
 そこで、見せ方、つまり「このように見てもらいたい。このように感じてもらいたい」ではなく、見え方「このようには見て欲しくない。このようには感じて欲しくない」、端的に言えば、ことさらに良い面をアピールするのではなく、フツーのことをフツーにすることを意識するとどうなるだろうか。
 今と何も変えることは無いという人もいるかもしれないが、一つでも、仕事や家庭での言動を変えることで、周りの人の反応も変わるかもしれない。(無手勝流)

2024年02月19日 第7236・7237合併号

歌で見る通信などの歴史

 郵便物数の減少傾向に歯止めがかからない状況が続いている。年賀状についても同様で、翌年以降の年賀状を辞退する旨を記して送る「年賀状じまい」をした人が、2021年で約3割という調査結果もある。
 しかしその一方、年賀状じまいによって友人と音信不通になってしまい、後悔した、一抹の寂しさを感じているという人も中にはいるようだ。
 さて、年賀状も含めて、時代は変われども情報通信手段の中で重要な役目を果たしている手紙だが、電話もまた重要な役目を果たしている。電話が登場してからの歴史を振り返ると、ダイヤル式の黒電話が一般家庭に普及し、その後、プッシュ式の電話、親機と子機の電話、留守番電話機能付き、ファクシミリ機能付き等、進化をしていく。そしてポケットベルや携帯電話、PHSが登場し、今やスマートフォンやタブレット、パソコンが主流となり、自宅に固定電話が無いという人も増えている。
 その電話の進化に合わせるかのように、邦楽のヒット曲の歌詞の中にも電話などが登場している。いくつか挙げてみよう(「」内は歌詞のワンフレーズ)。
 ▽恋のダイヤル6700(フィンガー5/1973年)・・・「♪指のふるえをおさえつつ 僕はダイヤル まわしたよ」
 ▽悪女(中島みゆき/1981年)・・・「♪マリコの部屋へ 電話をかけて」
 ▽モニカ(吉川晃司/1984年)・・・「♪真夜中のスコール バックミラーふいにのぞけば 赤い電話ボックスの中から」
 ▽あなたを・もっと・知りたくて(薬師丸ひろ子/1985年)・・・「♪もしもし 私 誰だかわかる?」
 ▽恋におちて(小林明子/1985年)・・・「♪ダイヤル回して手を止めた」
 ▽バラードのように眠れ(少年隊/1986年)・・・「♪真夜中のベルが響くと 走り寄り 受話器つかんだ」
 ▽ポケベルが鳴らなくて(国武万里/1993年)・・・「♪ポケベルが鳴らなくて 恋が待ちぼうけしている」
 ▽SWEET 19 BLUES(安室奈美恵/1996年)・・・「♪部屋で電話を待つよりも 歩いているときに誰か ベルを鳴らして!」
 ▽渚にまつわるエトセトラ(PUFFY/1997年)・・・「♪私と 彼氏の 携帯電話がリンリンリン」
 ▽Automatic(宇多田ヒカル/1998年)・・・「7回目のベルで 受話器を取った君」
 ▽ミニモニ。テレフォン!リンリンリン(ミニモニ。/2001年)・・・「♪電話をかけましょう リンリンリン パカパカ電話パッカ リンリンリン」
 この中で、安室奈美恵の「SWEET 19 BLUES」の一節は、まさにこの頃、携帯電話が普及し始めてきた時代背景を象徴しているなと思う。
 また、通信手段が出てくる楽曲もある。
 ▽ちょこっとLOVE(プッチモニ/1999年)・・・「♪ほんのちょこっとなんだけど メールを送りますよ」
 ▽恋をしちゃいました!(タンポポ/2001年)・・・「♪デートの最後メール来た 『君が好きです』」
 ▽睡蓮花(湘南乃風/2007年)・・・「待ち受けにしている写メ 変顔で思わず吹き出して」
 ▽香水(瑛人/2019年)・・・「♪夜中にいきなりさ いつ空いてるのってLINE」
 写メは当時、画期的だった。今でも送れるが、SNSを利用する人が多いと思う。
 2024年2月5日付の通信文化新報に野田聖子衆議院議員のインタビュー記事が掲載されている。その中で、野田議員は郵便局への公衆電話の設置を提案されている。これは非常に素晴らしい考えだと思う。
 この先、デジタルはどう更に進化していくか。平時であれ緊急時であれ、郵便局は各地域に根差し、古いものも新しいものもうまく活用しながら、未来へとつなげ、地域を守っていってほしい。(九夏三伏)
 

2024年02月12日付7235号

家内安全、無病息災を祈る節分

    昭和38(1963)年に発行された「季節の行事シリーズ」


 豆をうつ声のうちなる笑かな〈宝井其角〉
 豆をまきながら「鬼は外、福は内」と叫んでいる声にも、笑いが混じっているように感じられる。家族での楽しいひと時だろうか。
 今年の節分は2月3日、豆を炒って鬼祓いをした家庭もあるだろう。しかし、今日ではこうした季節行事を楽しむ家庭も、もっぱら少なくなったかもしれない。
 節分とは古来、季節を分けるという意味。2月の節分が有名だが、実は年4回あることはあまり知られていない。季節の始まりの日である二十四節気の中の立春、立夏、立秋、立冬、これらは「四立」(しりゅう)と呼ばれるが、節分はその前日を指す。今年の立春は2月4日。国立天文台の観測で「太陽黄経が315度になった瞬間が属する日」とされる。
  かつて中国や日本では、文字通り立春から1年が始まるとされた。1年の始まりの立春の前日、いわば大晦日とも言える2月の節分が特に親しまれ、豆まきなどの行事の日として残った。豆まきで鬼を退治することで邪気を払い、新しい年の家内安全や無病息災を祈る風物詩の一つとなった。
 人好くて追儺の鬼の役を受く〈能村登四郎〉
 豆まきに欠かせないのが鬼。「福豆」と呼ばれる炒った豆を掛け声と共に鬼に投げて退治する。平安時代、大晦日に行われていた宮中行事の「追儺」(ついな)が起源と言われる。厄や邪気、疫病の象徴でもある鬼を追い払った。仏教では鬼は煩悩や欲望を持つ人の心に住み着き、災いのもととなると考えられてきた。
 あたたかく炒られて嬉し年の豆〈高浜虚子〉
 豆まきに炒ったものを使うのは、「鬼の目を射る(炒る)」から、また、後から芽が出てこないようにするためとの説がある。生の豆を使い、もしも芽が出たら「邪気が芽を出してしまうため」ということらしい。また、豆は五穀(米、麦、ヒエ、アワ、豆)の象徴で、農耕民族の日本人は、これらに神が宿ると信じてきた。「まめ」は健康という意味もあるそうだ。
 豆をまき終えた最後に、自分の年齢の数より一つ多く豆(福豆)を食べる習慣もある。2月の節分に一つ歳を取ると考えられていたため、「歳の数だけ豆を食べる」という風習が残ったという。自分の年齢の数だけ豆を食べると、身体が丈夫になって病気になりにくくなるとされた。「福」を体内に取り込むという思いが込められている。
 節分や親子の年の近うなる〈正岡子規〉  
 子規は5歳の頃に父を亡くしている。父はまだ40歳だったとされる。豆を口にしながら「亡くなった父の年齢に自分も近づいている」との感慨を詠んだのだろうか。
 節分や海の町には海の鬼〈矢島渚男〉
 250人を超す死者・安否不明者が出た能登半島地震から1か月以上、厳しい寒さの中、多くの人が避難所での生活を余儀なくされている。更なる支援の充実が求められる。石川県輪島市の古社、重蔵神社では3日、避難所の住民500人が参加し、恒例の豆まきが行われたというニュースが流れた。
 大規模火災の起きた朝市通りに近く、地域の心のよりどころだった神社は、本殿なども被害、境内にはがれきが山積し、開催も危ぶまれたが、少しでも日常を取り戻して欲しいとの思いを込め、地元の有志が実現させた。早く日常が戻る日を願う。自然災害に抗すべき人の力は弱いが、被災地への支援の気持ちを保ち続けたい。(和光同塵)

2024年02月05日付7234号

年賀状の行く先は…

 残念ながら、今年も切手シートだけだった。1月17日、お年玉付年賀はがきなどの抽せん会が行われ、早速いただいた年賀状をチェックした。2等のふるさと小包は1万本に1本、1等の現金30万円は100万本に1本だから、100本に3本の3等お年玉切手シートだけというのも必然で、500枚強の中で16本のあたりは、順当なのかもしれない。
 ここ4、5年は、600枚前後やり取りしていたところ、諸事情により100枚ほど減らしたが、「あっ、この人出してない」ということが意外に少なかった。これまで、元旦に年賀状をいただき、出してなかったと慌てて返信、翌年は元旦に着くようにと、12月中に差し出すと、今度は相手から元旦に来ない〝いたちごっこ〟になった経験が何度もあるので、安堵したところだ。日本郵便によれば、今年の元旦の配達数は743百万通(対前年84.2%)で、前年から139百万通も減少しているというから、こちらも順当(500/600通=83%)なのかもしれない。
 それよりも気になったのは「本年をもって新年の挨拶を控えさせていただきます」と、いわゆる「年賀状じまい」のあいさつが思いの外、多かったことだ。確かに高齢になると終活の一つとして、年賀状を止める人が多いと聞く。今年はそれに加えて、昨年12月に発表された郵便料金の値上げが影響していることは否めないと思うが、いかがだろう。今年の秋には、63円のハガキが85円になる。単純に考えれば、今年は4枚(252円)出せたのに、来年は3枚(255円)しか出せないことになる。
 物価はどんどん上がっていくが、賃金がそれに見合うだけ上がらないとなれば、もともと手紙離れが嘆かれる世代は、ますますメールやSNSでの「あけおめ」になっていくだろう。事実、ある会社では『上司への年賀状は不要』とのお達しがあり、同期とはグループラインであいさつ。なので、年賀状は祖父母などに宛てた2、3枚だけという新入社員もいたそうだ。
 また、手紙でのやりとりの良さを知っている世代や絵手紙での交歓を楽しむ高齢世代も、すずめの涙ほどもない年金の上昇額では、生活を切り詰めてまでとは、考えないのではないか。
 私自身について言えば、仕事上の繋がりや仕事以外での交誼の感謝など年賀状は必要なものと考えている。さらに、会うこともままならない1年に1度だけのやり取りの相手もいるので、出来ることならば、ご縁を繋いでいたい。しかし、年末の物入り時期に4万円を超える出費は厳しいものだ。仮に今年と同じ収入ならば、500枚の3/4=350枚程度が現実的だし、物価がさらに上がったり、減収になれば、もっと減らすことを考えなくてはいけなくなるかもしれない。
 以前、年賀郵便は郵便局の一大イベントで何日もかけて準備し、アルバイトをたくさん雇用して処理していたが、現在は書状区分機の性能が上がり、短期間での処理が可能になったうえ、差し出し数の減少から、準備の負荷が減ったと聞く(とは言え、短期間であれだけの数の郵便物を正確に配達するのは大変なことと思う。)。
 であれば、素人考えで恐縮だが、これまで通常期と同じ料金でやってきた年賀郵便の値下げはできないものか。元旦配達という期日に向け、計画的に処理することができるのだから、通常よりも安い、例えば74円などにできないものだろうか。
 このままでは、年賀状は一部の人の趣味のものとなり、日本の風物詩とも言える文化がなくなってしまうのではないか。市井の人々の近況報告や旧交を温める機会が失われないように、一考してもらいたいものだ。(亜宇院翔)

2024年01月29日付7233号

選考基準・判断基準は多角的に


 昨年大みそかに放送された「第74回NHK紅白歌合戦」の出場者一覧を見たが、年々知らない名前が増えていく。選ばれてもいいはずなのに、選ばれていないアーティストもいる。出演が決まる選考基準が年々、よくわからなくなってきているなと感じる。
 日本レコード大賞もしかり。売上だけで決まるものではないが、このレコード大賞も納得いく結果のときもあれば、釈然としないときもある。一時期、ポップス・ロック部門と演歌・歌謡曲部門に分けられたこともあったが、後に元に戻されている。
 プロ野球で、その年最も活躍した先発完投型投手を対象に選ばれる沢村賞(沢村栄治賞)。完投数や勝利数、防御率など計7項目が選考基準となるが、必ずしも全部クリアしなくはいけないわけではない。
 1981年のシーズン、日本一に輝いた巨人。沢村賞はその巨人から、20勝(6敗)を挙げた江川卓投手ではなく、西本聖投手(18勝12敗)が選ばれた。成績を見ると、江川投手が受賞して当然と思われていた。
 当時は記者投票によって受賞者が決まっていたが、江川投手の入団時の経緯をよく思っていなかった記者たちが、江川投手には投票せずに西本投手に投票したことによると言われている。こうしたこともあり、翌年からは元先発投手OBらで構成される沢村賞選考委員会における話し合いによって選ばれるようになった。
 大相撲で大関や横綱昇進に際し、その昇進条件は、大関が「3場所連続で三役の地位にあり、その間の通算勝ち星が33勝以上」と言われ、横綱は横綱審議委員会の内規で「大関の地位で2場所連続優勝、またはそれに準ずる成績」とある。
 横綱審議委員会設置後、連続優勝しなくても横綱昇進を果たした例が少なくなかったが、大関・北尾が一度も優勝したことがないまま横綱に昇進し(同時に双羽黒を襲名)、のちにトラブルにより廃業となった出来事を境に、横綱昇進へのハードルが高くなっている。これまでなら横綱に推挙されたであろう大関が、横綱に昇進しないまま引退するケースもあった。
 オリンピックの代表選考もよく話題となる。1992年バルセロナオリンピックの女子マラソン代表選考で、国内選考レースで良い結果を出した松野明美ではなく、国内選考レースに出場しなかった有森裕子が代表最後の一枠を手にしている。
 2000年シドニーオリンピック直前の選考会で、千葉すずが女子200メートル自由形で五輪A標準記録を突破して優勝したが、オリンピック代表には選ばれなかった。
 私は学生時代、ある組織の中で2年次に会長を務めた。前任は男性の強いリーダーだった。自ら立候補してその後を継いだが、1年上の人たちの存在が大きかったのと、同学年のつながりが強くなかったことなどもあり、今一つうまくいかないまま務めを終えた。
 次の会長を決める際、1年後輩に強いリーダー的存在の男性がいたが、彼も含めて誰も立候補しなかった。そこで推薦を募って決めることとなった。
 私はあえて、リーダーのタイプではない女性を推薦し、同時にそれまで1人だった副会長を3人にすることを提案した。タイプの違う3人が副会長になることで、会長をうまく支えていき、組織が上手く回ると思ったからだ。結果、その体制で組織はいい感じになっていった。
 何かを、誰かを選ばなくてはならない場面、非常に頭を悩ませる。慣例やセオリーなどをもとに選んで、異論なくうまくいけばいいが、そうでない場合も往々にしてある。型にとらわれず、新たな視点を取り入れるなど、多角的に選ぶことも大切だと思う。(九夏三伏)
  

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