コラム「春秋一話」

 年/月

第6965号

“コストカッター”と企業統治

 日産のカルロス・ゴーン会長が東京地検特捜部に11月19日に逮捕され、産業界にも衝撃が走った。有価証券報告書に巨額の報酬を虚偽記載した容疑だ。容疑は否認しているが、会社の資金も私的に流用していた不正行為があったとして、会長を解任された。
 1999年、経営危機に直面した日産にルノーから送り込まれた。再建計画「日産リバイバル・プラン」を策定、2000年には社長に就任。20年近くにわたり日産の最高経営責任者(CEO)や社長、会長を歴任、ルノー、三菱自動車でも会長を務めた。
 “コストカッター”と異名をとるなど日産のいわゆるⅤ字回復に辣腕を振るった。2000年度の営業利益は2903億円をあげたが、そのうちコスト削減効果は2870億円。人件費の削減と下請けの部品メーカーからの購買コスト削減が主な中身だった。
 従業員は2万2900人と大量削減、同時に非正規雇用を開発部門の中枢にまで導入した。工場閉鎖、下請け業者への合理化の押し付けと、地域経済への影響も大きかった。それでなくても、自動車産業は“乾いたタオルをしぼるように”と、下請けに単価の引き下げを求めてきている。
 完成車検査を無資格者が行うという不正もまかり通ってきた。排ガス・燃費測定の不正も発覚している。12月6日には新たな不正が発覚したと明らかにした。ブレーキなど複数の項目で見つかったという。ブレーキは安全性に直結する非常に重要な部分だ。
 利益至上主義の弊害とも指摘されるが、一方で巨額の役員報酬を受け取り続け、10数人いる役員の報酬全体の半分以上を1人で占めていたとされる。
 リーマン・ショックから10年、行き過ぎる金融資本主義、格差の広がる社会、資本の貪欲さ、極端な利益優先への疑問が指摘されつつあるが、ブラジルで生まれ、両親の故郷であるレバノンへ移り、フランスの大学で学ぶ幼少青年期を過ごしたというゴーン氏。その複雑な生い立ちの中で、何を考えていたのだろうか。
 欧米では巨額の報酬については、当然という見方もあるが、報酬は株価や他社と比較して、算出方法は少なくとも開示されている。日本では会社法で株主総会か定款で役員報酬を決めるとされているが、ゴーン氏は事実上、自分で決めていたとされ、「お手盛り」となれば非難されても致し方ない。
 基準などの情報開示が重要な課題だ。独立した社外取締役などで構成される「指名・報酬委員会」が役員報酬を決める体制の強化も求められるが、日本では設置は任意で、まだ一部となっている。
 やっと金融庁が、上場企業に役員報酬の決め方を開示するよう義務づける方針を固めた。金融商品取引法に関連する内閣府令を改正し、2019年3月期決算から適用することにしている。報酬の決定過程も開示させ、外部からのチェック機能を強化する。
 また、欧米を真似て短期的な利益を追求する風潮が日本でも強まっているが、企業には働く人の生活を守り、地域社会や経済に貢献、ものづくりを育てる責任もあるだろう。日本を代表する企業のガバナンス(企業統治)の在り方に一石を投じた事件だ。
(麦秀の嘆)

6964号

日銀の総資産がGDPを超える

 日本銀行の総資産が11月10日時点で国内総生産(GDP)を上回った。553兆5922億円と名目GDPの552兆8207億円(4~6月期、年換算)を超す水準となった。日銀の総資産が直近年度のGDPを超えたのは戦後初めてのこととなる。
 総資産のうち大半を占めるのは国債の約469兆円、株価を下支えするため購入している上場投資信託(ETF)が約22兆円を占める。ETFの購入額は10月でも8700億円となり、1か月の購入額としては過去最高となった。
 ETFは多くの企業の株式を組み合わせ、価格が日経平均やTOPIXなどに連動する投資信託。この購入は株式の保有を間接的に行うこととなる。同時期は米国と中国の貿易摩擦の影響で世界的に株安となった。日本も同様で、株価を日銀が買い支えている構図だ。
 日銀は平成25年から黒田東彦総裁のもとで“異次元緩和”を開始し、“禁じ手”とされてきた国債などを大量に買い続け、世の中に出回るお金の量を2倍、3倍と増やしてきた。異次元緩和を始める直前の24年度末の総資産は約164兆円、この5年余りで約3・4倍まで膨れあがった。今回の総資産がGDPを越えたのも大規模な金融緩和で大量の国債を買い続けている結果だ。
 日銀は物価上昇率2%の目標に向けて国債などの買い入れを続けており、今後も資産はさらに増えることが予想される。しかし、物価上昇率は目標に遠く及ばず、先月の金融政策決定会合で32年度の予想値を1・6%に下方修正することなどを余儀なくされた。
 日銀の物価目標は先送りを重ね、異次元緩和後の5年を経過しても達成する気配はない。大量の資産買入と物価とは連動しないことを認め、資産の買入を停止し、中央銀行の資産の水ぶくれを解消することを意識すべきではないかという指摘も出ている。
 前総裁の白川方明氏は「緩やかな物価下落が生じたのは事実だが、日本の低成長の根本的原因とは思えない。近年の内外のバブルはいずれも物価安定の中で起きている。2%か1%かという目標数字が本質的な問題ではなく、金融の不均衡を含めて、持続可能かどうか点検することが大切」とする。
 黒田総裁さえも金融緩和の副作用にも言及している。低金利で金融機関の貸し出し収益が減少することが懸念材料とし、特に地域金融機関の経営が厳しくなるとした。実際に2018年3月期の中間決算で、地域経済に密着した信用金庫で「逆ざや」になっているところが明らかになっている。深刻な資金運用難に陥っていると言える。
 日銀の総資産は今年3月末時点で既に485兆円の米連邦準備制度理事会(FRB)を上回り、572兆円の欧州中央銀行(ECB)にも迫っている。ECBは金融緩和を正常化するとして国債買い入れ額を減らしている。日銀がこれまでのように買い入れを増やせば、ECBを抜き総資産で世界一になる可能性もある。
 保有資産の規模があまりに大きいと、緩和を終える出口で日銀の財務が悪化する懸念がある。現在の国債の利回りは低いが、政策金利が引き上げられるときには利払いが増える。出口に向けた施策を考えておくことが求められている。(和光同塵)

第6962・6963合併号

たまには便りをと思うのだが

 昔のことになるが、近所に住む先輩(先達というべきか)に、新聞を読めば世の中の動きがわかると言われたことがある。この人は戦前の旧制高校の出身で本物のインテリだった。訪ねていた頃は隠居みたいな形ではあったが、本棚には哲学や宗教、経済学、そして数学の本までそろっていた。時間を見ては数学や哲学の本を、よくひもといていた。
 話が楽しかったのと、蔵書を図書館がわりに利用させてもらえた。この先達はいつも丁寧に新聞を読み、世の動きに関心を寄せ続けていたのは驚きだったが、さすがに本物のインテリは違うと思った。
 その人を習ってというわけではないが、新聞はよく読んでいる。一般紙からスポーツ紙、また夕刊紙と呼ばれるものまでだ。今、若者は新聞を読まなくなったといわれるが、私にとって新聞は毎日の生活に欠かせないものである。その中で欠かさず、これだけはと読んでいるのは、「天声人語」などの看板ともいうべきコラムではない。また、社説でもない。コラムは確かに面白いし、一通りは目にする。社説は見出しぐらいは目にするが、欠かさず読むというわけではない。
 意識していつも目にするのは読者投稿のコラムである。一般の投稿欄ではない。こちらは紋切型の表現ということが気になってしまう。具体的に言えば、ある新聞で「ひととき」や「あけくれ」等としてある、さりげなく日常の一コマを綴ったコラムである。
 人との思わぬ出会いや別れ、関係が生まれ濃密になっていくこと等、身辺での出来事を記したものである。これは世の中の大きな出来事を伝えているわけではないのだが、政治的あるいは社会的記事とは別の意味で、世の中の動きを伝えてくれる。
 このコラムに引かれるのは現在という時代が、もう大きな物語が困難になっているためではないかと思う。自然との交流と隣近所の人たちとの関係に終始した時代(農耕社会の時代)と違って、現在は大きな枠組みの世界(共同の世界)から押し寄せてくるものある。
 世の動きということでもいいのだが、政治や社会的出来事がやってくる。それは情報という形でやってくる。だから、身近な身辺の事だけに関心を寄せていればいいというわけにはいかない。しかし、押し寄せてくる世界とどう関係していったらいいのか難しい。世の動きに関心を持つこと、強いられながら関心を持ち関わることは容易ではない。矛盾といえば矛盾なのだが、これは文化的な意味で言えば大きな物語が困難になっていることである。
 大きな物語の世界に背を向け、小さな世界の物語に関心を持つことを強いられているのかもしれない。でも、このコラムに引き寄せられるのは、それだけの理由ではないと思う。人は日常という小さな世界で生きるのだし、そこにこそ、本質的な生があるのだと思う。
 日常というドラマの生起する世界で生きてあることが本来の生なのだろう。多様で多彩な生を小さな場で送る。その日常の生を知ることで、安堵を得て、また孤独を脱する。人は孤独を好むが、そこから脱することも願う。それは他者のさりげない、けれどドラマを内包した生のあり様を知ることにおいてだ。
 これは、人が便りをしたいという欲求やそれを受け取った時の喜びに通ずるのだと思う。コラムを読みながら、己の身辺の出来事を便りにしたいと思うことも多いが、実際はなかなか実現しない。でも便りくらいはと、常に思うのである。
(坂田の力)

第6961号

「いいじゃん、それぞれの年賀状。」

 日本は江戸時代から年賀の書状が身近だったとされる。2019年用年賀はがきが11月1日に発売された。郵便はがきにお年玉くじ付が誕生したのは1949(昭和24)年だ(25年用)。京都在住の林正治さん(当時42歳)の発想によるという。「年賀状が戦前のように復活すれば、お互いの消息も分かり、うちひしがれた気分から立ち直るきっかけともなる」と考えた。
 年賀はがきに賞品が当たるくじを付ける、料金には寄付金を付加し社会福祉に役立てるというアイデアを郵政省に持ち込んだ。「国民が困窮している時代に、送った相手に賞品が当たるなどと、のんびりしたことを言っていられる状態ではない」との反論もあったが、紆余曲折を経て、世界にも例を見ない制度が実現した。発売と同時に大きな話題を呼んでヒットした。
 最初のお年玉付年賀はがきの賞品は特等がミシン、1等が純毛洋服地、2等が学童用グローブ、3等が学童用こうもり傘。その後、毎年の最高賞品は(1966年以降は特等が廃止になり、1等が最高賞)、1956年には電気洗濯機が登場。その後はポータブルテレビや8ミリ撮影機・映写機セット、電子レンジなどの家電製品が続いた。
 手が届きそうでなかなか買えないものが賞品となったが、平成に入ってからは、海外旅行や最新式テレビ、パソコンなど数点の中から1点を選ぶ形式に変わった。バブル景気とその崩壊、その間に進行した消費の多様化が反映されている。2013年からは現金が加わった。世相が垣間見えるが、2019年用は抽せんが2回となり、東京2020大会への招待券、現金30万円または同額相当のプレミアム賞品となった。
 ただ近年、年賀はがきの販売は減少傾向が続く。少子高齢化、人口減、核家族化、インターネットやソーシャルメディアの普及など様々な側面が指摘されている。1949年の発行枚数は1億8000万枚、高度経済成長などに伴い増加し、2003年には44億5936万枚に上った。その後は減少し、2019年用の当初発行枚数は約24億21万枚。国民1人当たりでは2003年は約35枚、2018年には約19枚となっている。
 日本郵便は、より多くの年賀状を差し出してもらうよう様々な企画に取り組む。年賀に関する「知る」「買う」「作る」「送る」「楽しむ」の機能を持つ特設サイト「郵便年賀.jp」を開設しているが、今年から「ニッポンの名字」が追加されている。
 9月19日からアップされたが、この日は「苗字の日」という。1870(明治3)年、戸籍整理のため、太政官布告で一般市民も苗字を持つことが許されたのがこの日。公開されて1か月で約1700万以上のアクセスがあり好評だ。「名前を検索するときは、その人の顔を思い浮かべる。年賀状も相手のことを思いながらメッセージを添えるところに共通点がある」と日本郵便。
 日本郵政の長門正貢社長も10月26日の記者会見で「私も調べてみたが、長門は3800人、人数の多い順で3377位でした。名前の由来や地域別人数もあり、ちょっとした息抜きにお楽しみください」と紹介している。
 今期の新たなキャッチフレーズは「いいじゃん、それぞれの年賀状。」。自由に個性あふれる年賀状をと期待としている。江戸、明治からの伝統を受け継ぐ新年のあいさつ状、戦後復興への思いをもとに誕生したくじ付年賀はがき、改めて歴史や文化に思いを馳せながら、多くの人が年賀状を楽しみ新年を寿いでほしい。
(和光同塵)

第6960号

社会貢献活動を表彰「大河内賞」

 第22回の「大河内賞」が決まり、11月1日にメルパルク東京で表彰式が行われた。「大河内賞」は社会貢献や文化・研究的な活動を続けている逓信同窓会(青野信雄会長)の会員を顕彰するもので大河内委員会の後援で実施されている。
 初代の郵政大学校長、財団法人通信文化振興会(通信文化新報を発行)の理事長を務めた故・大河内靖久氏の遺志により、夫人の大河内昭子氏の支援を得て平成9年に大河内記念基金が設立され「大河内賞」が設けられた。郵政民営化で㈶通信文化振興会の業務は㈱通信文化新報が受け継いだが、理事長時代の大河内氏に薫陶を受けた職員は多く、温厚な人柄で親しまれた。
 大河内記念基金は平成20年から大河内委員会(大河内昭子委員、平勝典委員、潮上一紀委員)が引き継ぎ、毎年顕著な活動を行っている逓信同窓会員に贈られている。逓信同窓会は、逓信事業(郵便、電気通信事業等)に関する知識の普及、事業の進歩発展、会員の資質向上を目的とし、全国に60支部組織がある。会員は約1万5000人、各地域での様々な活動を通じて社会貢献を実施している。
 今年は5氏が受賞した。防災士として地域の防災意識の向上に努めている筒井義臣氏(千葉県習志野市)、故郷で開業した農園やレストランを集う場に提供し、青少年の健全育成と自立支援に貢献している山本智氏(秋田県三種町)、知的障がい者への理解と処遇改善に取り組む嶋田芳樹氏(神奈川県大和市)、絵画の講師として活躍の久野裕子氏(福岡市)、地域の健康増進やフィンランドとの国際交流に貢献するとともに、故郷の風土・歴史遺産を継承する神田恵介氏(島根県邑南町)が受賞した。
 表彰式では青野会長が「受賞対象となった活動を通じて社会や地域に大きく貢献、逓信同窓会として誇りに思う」、元全特専務理事を務めた大河内委員会の平委員も「長年にわたる献身的な取組みに敬意。また、昭子氏の支援に改めて感謝」と讃えた。受賞者を代表し嶋田氏が「伝統ある大河内賞はたいへん名誉。活動は家族や仲間の協力があったからこそ。これからも続けていく」と謝辞を述べた。
 受賞者の一人、神田氏は元参議院議員の長谷川憲正氏の政策秘書を長く務めたこともあり、郵政部内で知る人も多いだろう。フィンランド発祥の健康づくり「ノルデックウォーキング」の普及、設立した「地域創生ふるさと学校」を通じて、故郷の生活様式、祭り、風土、歴史などを学び継承する催しの開催(今年8月に島根県知事奨励賞を受賞)、「おおなんフィンランド協会」を設立、国際交流の促進と幅広く活動している。
 また「種まきから食べるまでを楽しく体験」をテーマに、そばづくり同好会を立ち上げ、休耕田で栽培して“そば打ち道場”を毎月開いている。小学生や養護学校の生徒を対象とした体験会も開催、地域の活性化に努めている。
 「出来る人が、出来るときに、出来ることを」「今日も生かされていることに感謝」、とかく現職時代は効率化を優先しがちで余裕がなく多くのものを見過ごしてきたが「捨ててきたものを拾う」「障がいは父母、ましてや本人の責任では全くない」「人生に華やかさと心の豊かさを育ませたい」「人生とは行動すること」と、受賞者の言葉には味わい深いものが感じられる。毎年、表彰式に出席すると、地域に深く根差した受賞者の素晴らしい活動には頭の下がる思いだ。退職してからのいわば第2の人生の在り方を考えさせられる。
(麦秀の嘆)

第6959号

書を携えて旅に出よう…

 読書の秋と言われるけれども、また旅の秋でもあるが、異様な暑さや天変地異の多さは季節感を失わせる。季節という風情が感じられなくなってきており、秋の夜長の読書と言っても、もう一つピンとこない。
 旅もまた、そうなのだろう。「紅葉を愛でる」という言葉も、今は人を惹きつけなくなっているのだろうか。現在は人を多忙にさせていて、そんなところに心を向ける余裕を失わせているためかも知れない。
 それでも、旅にという思いはあるのだと思う。なかなか出かけられない折、テレビの旅番組に熱中していたことがある。熱中というよりは、その種の番組にしか触手が動かなかったということだろうが、それは今でも残っていて、自然に旅番組にチャンネルを変えてしまっていることがある。
 曼珠沙華が好きで、秋になると見に行きたいと思う。群生しているところに出かけるだけのことだが、近年はそれもなかなか叶わず、その季節が終わってからしまったと思うことが多い。
 金子兜太の句に「曼珠沙華どれも腹だし秩父の子」というのがある。初期の代表的な句だ。彼の生まれた秩父ではないが、埼玉には巾着田というよく知られた群生地がある。日高市の高麗神社の近くだ。秋になると見に行こうと思ってきたのだが、なかなか実現しない。
 人々が自然との交流と近隣との付き合いの中で生きていた時代には、「旅」は大変な冒険というか、何かリスクを覚悟してあらねばならないものだった。旅はそれだけ大変であったが、魅力的なものであった。旅に生きた松尾芭蕉を想起すればいいのかも知れない。私が芭蕉や西行が好きなのは旅ということがある。
 現在では、旅と言っても昔のようにリスクを覚悟する必要はない。手軽で便利になった。美味しいものも食べられるし、温泉にも浸かれる。時間も効率よく使え、こういうことが旅への魅力を失わしめていると言えなくもないが、心の何処で引き寄せられるところがある。
 金子兜太は「定住漂白」ということを生き方として提唱していた。漂白は自由を求める人間的行為であるとする。漂白を流浪のように考えなかったから、定住とは一見すると矛盾するようなことを述べたのだが、漂白は自由を求める動きであり、旅(流浪)も否定はしていなかった。
 多忙な日常から脱し、自由を求める欲求が私たちにはある。旅を心の洗濯というのも、こうした思いだろうが、そのありようは様々である。よく知られた観光地や名所を訪れるのも一つであろう。海外へもあれば、秘かに心に留めていた所に出かけることもある。何も目的を設定せずにふらりと出かけることも一つであろう。
 どんな形でも好きに選べばいいが、旅することが大事なのだ。行ってみなければ分からなかったということもある。ここが一番肝心なことかも知れない。
 読書も歴史への旅ということを含んでおり、それも一つの形と言えるが、日常とは違う場所に出かけるというのは、秋ならではの呼びかけではないだろうか。
 山々が紅葉することは、自然がそれを愛でるように人々に呼びかけているのであり、それに応じることは、脅威な振る舞いも演じる自然への私たちの優しい返礼と言えるかも知れない。「書を捨てよ、町へ出よう」と言った詩人がいたが、今は「書を携えて旅に出よう」と言うべきか。
(坂田の力)

第6958号

芸術の秋と郵便局


 朝夕、秋の気配が漂う。「馬追虫(うまおい)の髭(ひげ)のそよろに来る秋はまなこを閉じて想ひ見るべし」(長塚節)。馬追虫とはバッタ目ウマオイ科の昆虫。鳴き声からスイッチョとも呼ばれる。秋は美味しいものが多く「食慾の秋」、また「読書の秋」「芸術の秋」ともされる。
 東京の国立新美術館で第86回独立展が10月29日まで開かれている。独立美術協会は1930年に創立、自由で公平、進取の気性に富んだ気風を保ってきた。年齢や経験に捉われず、優れた作品には栄誉を認めるとしている。
 会員の愛知県西尾市に在住する斎藤吾朗氏が「描く!刷る!東京駅物語」を出展している。200号の大作だ。1914(大正3)年12月20日に開業した東京駅の風景を描くが、郵便ポストや郵便配達の模様、開業記念の日付印などが描き込まれている。
 斎藤氏はモナ・リザを模写した唯一の日本人として知られているが、郵便事業や郵便局への関心が高い。絵にも切手やポストなど郵便に関わるものを描き込んだ作品が多い。自宅のアトリエ前にも「人生劇場」で知られる作家の尾崎史郎の父が、局長を務めていた郵便局にあった丸型ポストが設置されている。
 西尾市にはピンク色を基調とした「バラ色ポスト」、抹茶色の「おもてなし♡まごころポスト」が設置されているが、これらを企画したのも斎藤氏。「バラ色ポスト」は西尾高校の美術部員が様々なバラを描いて9月23日に設置された。西尾市の花もバラ。“人生バラ色に”との思いが込められている。写真を撮る若い人も多く人気のスポットとなっている。
 さらに、高校生たちが「自分たちが描いたポストだから、手紙や葉書をたくさん出そう」と、投函に訪れているという。手紙離れとされる昨今の若者、手紙文化の普及にも大きく貢献している。「ふみの街 西尾」として、丸型ポストや手紙文化の普及で地域の活性化につながればと活動している斎藤氏、新たなポストの構想も練っている。
 地域の人たちの作品を展示している郵便局も全国には多い。芸術の秋にふさわしく、郵便局が地域のギャラリーとして親しまれるのも期待される。(和光同塵)

第6957号

100歳以上が6万9785人

 100歳以上の高齢者は昨年から2014人増えて6万9785人となった。
 厚生労働省が9月14日に明らかにしている。老人福祉法が制定された昭和38年には153人だったが、56年に1000人、平成6年に5000人、10年には1万人、24年には5万人、27年には6万人を超えた。
 この10年でほぼ倍増している。男女別では女性が6万1454人と88.1%を占める。男性は8331人。29年の平均寿命は女性87.26歳、男性81.09歳となっている。
 都道府県別で、人口10万人当たりの100歳以上が最も多いのは島根県で101.02人と6年連続。
 次いで鳥取県97.88人、高知県96.50人、鹿児島県95.76人、香川県84.59人、山口県83.66人、宮崎県83.65人、愛媛県83.58人、長野県83.19人、熊本県82.95人が上位。
 一方、最も少ないのは埼玉県の32.90人、こちらは29年連続となった。愛知県36.78人、千葉県39.34人、大阪府40.09人、神奈川県42.33人、東京都43.52人、青森県46.40人、宮城県46.41人、栃木県46.86人、茨城県49.17人と続く。総じて中国、四国、九州地方で多く、都市部や関東、東北地方で少なくなっている。
 今年度中に100歳となる高齢者は、昨年より144人増えて3万2241人となる見込み。内閣総理大臣からのお祝い状と記念品が贈られた。
 これは昭和38年から「老人の日」の記念行事として実施されており、長寿を祝い、高齢者福祉について関心と理解を深めることを目的としている。
 国内最高齢者は福岡市の田中カ子(かね)さん。明治36年1月2日生まれの115歳となる。今年7月から最高齢者となった。有料老人ホームで廊下を散歩したり、オセロを楽しまれているという。美味しいものを食べ、計算などの勉強をすることが長寿の秘訣だそうだ。
 男性では北海道足寄町の野中正造さん。明治38年7月25日生まれの113歳。平成28年10月から男性の国内最高齢者となった。雌阿寒岳の麓、家族と暮らされている。長寿の秘訣は温泉と自分のペースを守って暮らすこと。甘いものが大好きでケーキには目がないそうだ。テレビや新聞を見て、温泉につかることが楽しみという。
 まだまだ元気で長寿を楽しんでほしいものだと願うが、日本の総人口に占める70歳以上は、昨年より0.8ポイント上昇、20.7%に達した。
 総務省が人口推計を明らかにしているが、少子高齢化の進展は急速だ。100万人増の2618万人となり、初めて70歳以上が2割を超えた。昭和22~24年に生まれた“団塊の世代”が70歳に到達してきたことが影響している。
 65歳以上も3557万人で28.1%になる。過去最高を更新している。日本の高齢化率の高さは世界でも有数、2025年には30%になるとされる。
 2位のイタリアは23.3%、ポルトガル21.9%、ドイツ21.7%、フィンランド21.6%だ。2040年には団塊ジュニア世代も高齢者の仲間入りをし、高齢化率はピークを迎える。
 地域で信頼の高いのが郵便局。自治体などとの連携を強化、郵便局ネットワークを活用、安心・安全の拠点として高齢化社会に対応した役割が期待される。
(和光同塵)

第6956号

地方創生に期待大きい郵便局

 全国郵便局長会は、各地方で地域創生フォーラムを開催している。地域に密着してきた郵便局が、地方創生の担い手として期待されており、今後の展開などについて議論を深めている。9月29日に関東地方郵便局長会が関東支社講堂で開催したフォーラムでは、総務省情報流通行政局郵政行政部の野水学企画課長が、情報通信審議会郵政政策部会に設置された郵便局活性化委員会での検討を受け、7月10日に答申された「少子高齢化、人口減少社会等における郵便局の役割と利用者目線に立った郵便局の利便性向上策」などについて講演した。
 2月14日に発足した郵便局活性化委員会は、当時の野田聖子大臣の肝いりだ。郵便局に強い期待を持つ熱い思いを受け検討してきた。野田大臣は「常々少子高齢化、人口減少を『見えざる危機』、あるいは『静かな危機』と呼び、早急な手段を講じることの重要性を訴えてきたという。2040年には団塊ジュニア世代も高齢者の仲間入りをし、高齢化率はピークを迎える。既にそうした状況の地域もあり、郵便局は安心・安全の拠点という役割を果たすことができるとの思いが強い。
 10月2日の退任会見では「地方においては郵便局がライフラインそのものになっている。地方創生の主役になるような新しい郵便局のあり方について答えを出していかなければならない」と強調した。さらに「人口減少や人手不足など地方行政に課題は多く、市町村の機能に支障をきたしかねない。2万4000の郵便局ネットワークの利活用で、地方に住んでいる人たちの安定的な生活を確保して欲しい」と期待を寄せた。
 ユニバーサルサービスが義務づけられているが、郵便局ネットワーク維持への支援が政府にも求められる。審議会答申では、利便性向上方策として、ユニバーサルサービス提供に支障がなく持続的に実施できること、そのためにはコスト負担のあり方が重要で、ビジネスとして成り立つよう自治体を含めて利用者、受益者が適切に負担、さらに全国一律でなく郵便局の規模や実情、地域ニーズに合わせて行うことが基本としている。郵便局ネットワークの将来像でも地域ニーズに合った多様な郵便局展開の具体化が検討されている。
 知恵を生かした地方創生の取組みに期待は大きい。全国郵便局長会は買い物支援サービスや郵便局の婚活「ポスコン」に力を入れている。少子高齢化、人口減少が進展、65歳以上の一人暮らしは762.2万人、23.4%を占める。スーパーなどまでは500メートル以上で自動車がない65歳以上、いわば“買い物難民”は2025年に814万人と推計される。買い物支援サービスについては、日本郵便のみならず様々な企業や団体とも協力、対応できる仕組みづくりを行うことにしている。「ポスコン」も全国に広がり、中若局長の元気の出るイベントとして拡大が図られている。
 自治体との包括連携協定の締結も進んでいるが、さいたま市とはみまもりサービスのタブレットを使い、マイナンバーカードを申し込み、本人限定郵便で届けることができないか検討しているという。取りに行くのが億劫という人も多い。タブレットは2万に及ぶ郵便局に配置されているが、実際に使われているのはごく一部、有効活用する一方策として打ち合わせが進んでいるという。個人情報の面などからハードルは高いが、方向性としては注目される。
 関東地方会のフォーラムでは、地方創生大臣だった梶山弘志衆院議員も講演、「地方では金融機関でお金を引き出すのも買い物もたいへん。郵便局への役割は大きい」と強調した。また、佐藤賢之介全特理事は「局長会の資源は地域密着性とネットワーク、局長という三つ。これを生かして地方創生に取り組もう」と呼びかけた。
 講演した野水企画課長は、平成2年に郵政省に入り、8年7月に北海道士別市の士別郵便局長に就任。当時の人口は約3万人、特定局は6局。「特定局長の皆さんには“たいへんかわいがってもらった”。赴任して直ぐに企業などのチームが踊って練り歩く祭があった。郵便局チームも毎年、出場しているということだが、士別局からは局長と数人の管理者、特定局は局長をはじめ職員も参加した。特定局長の皆さんからは、踊りの“厳しい指導”を受けたが、地域に溶け込み一体となっていることに、感慨深い印象が残っている」と振り返っていた。
 地域貢献は局長会の理念となっている。地方創生にも大きな期待が寄せられている。
(和光同塵)

第6955号

秋の夜長 やはり読書を

 今年の始めに自死した西部邁の遺書ともいうべき著作を読みながら驚いたことがある。電車に乗るのがいやで、交通費がかさむのを承知の上でタクシーを使っていたというのだ。理由は電車の中で多くの人がスマホに見入っているのが耐えられないからと。今や日常的な風景になったこの現象に、激しい嫌悪感を抱いたという。
 私はスマホを持ってはいるが、電車の中では今や少数派になった新聞か本を開いている。新聞は隣のことを気にして遠慮がちに読んでいる。だからと言って、スマホ派を嫌悪しているわけではないが、この風景
にはある種の違和感を持っている。本を読む時間を持てるのは大変貴重で、もったいないなぁというべき程度のことなのだが…。
 スマホが人々を席巻し、通勤の風景を変えてしまったことにはそれなりの理由があり、機械(メカ)に疎くなっていく年代が反発しても仕方がないと十二分に承知している。「もっと速く、もっと便利に」という近代的技術の情報領域の表れで、止まることはないと思うが、やは
り、考えることはある。
 情報が早く、広くもたらされることは人間の欲求に基づくものであることは確かだが、かつて情報が過剰化する時代に、どうすればいいかとの議論を思い出した。情報を伝えるメカ(ハード)の発達で、スピード
は速くなり量も広がる。これは必然的現象であって善悪の問題ではない。必要な情報を受容する側が、主体的に判断すればよいということになった。情報を取捨選択し、取り込む主体の問題であるというわけだ。
 情報過多の時代というが、日本社会では必要な情報が隠ぺいされたり、国民の知る権利も十全であるとは言えない面がある。情報と言うとき、この面を無視はできない。ただ、情報が過剰に見える状況のなか、取捨選択し、判断する主体が問題というのは理解できるが、なかな
か難しいこともある。それは押し寄せる情報を受け入れていくとき、判断する主体は主体性が持ちにくいということがあるのだ。
 簡単に言えば判断する主体、要するに自分が見失なわれがちだということに外ならない。情報を判断していく主体が自分であることを持ち続けることが難しいのである。情報に流される
のではなく、自分を取り戻す、自分が自分であることを確保するための行為が、常に必要なのだと思う。
 前回、この欄で「晴耕雨読」を取り上げた。「雨読」ということは自然や近隣の人との交渉が主な時代(農本的社会)に情報を得ることであり、自分を取り戻すことだった。書に親しむことで自分を確保することでもある。西部邁がスマホに夢中になることに嫌悪感を抱いたと述べたが、自分を取り戻す、自分であることを確保することに無自覚なことへの怒りだったと解釈できる。
 「秋の夜長を書に親しむ」というのは農本社会の文化だったが、それはまた、自分の時間を持つことであり、自分を取り戻すことでもあった。書に親しむ相棒たる虫の鳴き声も聞こえてこないだろう。テレビなどの装置もあって、本を開くことは難しく、「雨読」も「読書の秋」
も疎遠な言葉になっているのかもしれないが、改めて目を向けたい。
 テレビのバラエティ番組はよくできていてスイッチを切って本を開くのは難しい行為である。だが、読み・書きということへ自分を向けるのも良いではないか。遠方の友に便りをしたためるのと同じように。
(坂田の力)

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