コラム「春秋一話」

 年/月

第6983号

61万人を超す中高年の引きこもり

 半年以上にわたり自宅に閉じこもっている “引きこもり状態”にある満40~64歳の中高年が、全国で61万3000人もいるという。内閣府が3月29日に公表した。40~64歳の5000人を対象に昨年12月、本人や家族から外出の頻度などを聞き、3248人が回答した。これをもとに推計値を明らかにした。
 これまで子供や若者について調査、引きこもりの長期化傾向が明らかになった。今回は40~60歳や同居者も対象に、きっかけや期間などについて把握、子供や若者が引きこもりになることを防ぐ支援策の基礎データを得ることを目的とした。
 内閣府は引きこもりを自宅からほとんど出ない状態に加え、趣味の用事や近くのコンビニに行くこと以外にほとんど外出しないことが6か月以上にわたり続く場合としている。15~39歳の若年層を対象にした2015年の調査では、引きこもりは54万1000人と推計しており、今回の中高年はこれを上回る。中高年の引きこもりが明らかになるのは初めて。男性が76.6%、女性が23.4%を占める。
 引きこもりの期間は6か月以上1年未満が6.4%、1~2年が14.9%、3~5年が21.3%などだが、7年以上が46.7%と半数近くを占める。30年以上も6.4%だった。青少年等の問題と考えられてきた引きこもりだが、長期化、高齢化が見られ、中高年での課題としても浮き彫りとなった。内閣府は「引きこもりは決して若者特有の現象ではない」としている。
 きっかけは「退職したこと」36.2%、「人間関係がうまくいかなかった」「病気」が共に21.3%、「職場になじめなかった」19.1%、「就職活動がうまくいかなかった」6.4%(複数回答)。仕事に関することが多く、一度も「働いたことがない」のは2%だった。
 また、引きこもりになった年齢は60~64歳が17%と最多、次いで25~29歳が14.9%、20~24歳が12.8%、40~44歳が12.8%、55~59歳が10.6%などとなっている。非正規社員が増えた就職氷河期を経験した年代に当たる40~44歳は、3人に1人が20~24歳で引きこもりになっており、内閣府は「就職活動がうまくいかなかったことなども背景にあるのでは」と指摘している。
 年齢層は40代が38.3%、50代が36.2%、60~64歳が25.5%を占める。定年退職を機に社会との接点を失うことが多いのは以前から指摘されている問題。仕事以外の交流が苦手で、地域との接点が少なく馴染めず、“ぬれ落ち葉”と言われるように妻につきまとう夫。現役時の役職や仕事内容をひけらかす人も敬遠される。調査では「悩み事を誰にも相談しない」という回答が4割を超えた。
 また、経済的には親に依存しているのが34%、自身が21%、配偶者が17%、生活保護は9%だった。3人に1人が高齢の親に依存している。親が80歳、本人が50代と、引きこもる中高年の子と高齢の親が孤立し困窮する「八〇五〇問題」も福祉現場では指摘されている。
 人間関係に対する苦手意識、失敗や挫折感から立ち直れない、興味・関心がある世界だけにのめり込むという心理的ひずみからの引きこもりは、予防策を講じることが可能と専門家は話す。「若者とは異なる支援策が必要」と内閣府も話す。
 仕事に役立つ知識や技術を身につける支援、働く場所の確保など中高年のニーズを見た就労施策、本人に適する仕事の可能性を探るため、経験を共有できる居場所なども求められる。地域に密着した郵便局ネットワークが果たす可能性にも期待したい。
(和光同塵)

第6982号

製造業の景況感が大幅に悪化

 日銀は4月1日、3月期の全国企業短期経済観測調査(日銀短観)を明らかにした。約1万社を対象に年4回実施されるもので、景気の現状認識や収益、設備投資額、事業計画などを企業規模や業種別に集計する。業績が「良い」と回答した割合から、「悪い」とした割合を差し引いて算出する業況判断指数(DI)は、企業の景況感を示し、景気動向を判断する重要な指数となっている。
 DIは大企業・製造業がプラス12となり、前回の昨年12月調査のプラス19から7ポイントほど低下した。2012年12月調査(9ポイント低下)以来、6年3か月振りの大幅な悪化となった。
 大企業・製造業のDIの水準は2017年3月(プラス12)以来の低さとなった。電気機械や生産用機械の落ち込みが目立つ。下げ幅が大きかったのは汎用機械の27ポイント、非鉄金属の21ポイント、石油・石炭製品の19ポイント、紙・パルプの15ポイント、化学と電気機械が12ポイント、金属製品が10ポイントなどとなっている。
 日銀は「貿易摩擦の影響を幅広い業種で指摘する声が多かった」と説明している。輸出や生産が落ち込み、企業心理を冷やす景況感の低下は、特に米国と中国の貿易摩擦などの影響が大きいとされる。中国経済の減速による不透明感が強まってきている。
 中国向けの1~2月の輸出は2兆979億円と、前年同時期の2兆2397億円に比べて6.3%も減少している。電気業界でも中国市場の鈍化による業績の下方修正をしている。英国のEU離脱問題の影響も懸念されている。国内の3月の新車販売は4%減、前年割れは3か月振り。国内の伸び悩みと同時に、主力の米国、中国も頭打ち傾向という。半導体のルネサンスエレクトロニクスは4~6月に国内6工場で平均1か月間、生産を休む計画だ。
 DIの低下は中堅企業・製造業でも見られ、昨年12月調査のプラス17から7ポイント減り、プラス7となった。中小企業・製造業はプラス4と同じくプラス14から8ポイントの低下だ。東日本大震災直後の11年6月調査(11ポイント低下)以来の下げ幅となった。なお、大企業・非製造業は3ポイント低下のプラス21。
 3か月後の先行きは大企業・製造業がプラス8、同・非製造業がプラス20、中堅企業・製造業がプラス3、同・非製造業がプラス12、中小企業・製造業がマイナス2、同・非製造業がプラス5と一層の悪化を見込んでいる。政府が3月20日に発表した月例経済報告では「景気は輸出と生産の一部に弱さが見られるが、緩やかに回復している」とするが、生産は「緩やかに増加している」から「一部に弱さが見られ、おおむね横ばいとなっている」と下方修正しており、動向が一致する。
 10月からの消費税引上げ後の景気減速も懸念材料だ。「令和」への改元、10連休の特需への期待はあるが、景気への影響はほとんどないとの見方もある。旅行業界が例年に比べて前年比で3割増と好調とされるが、一方で工場などが止まり、経済にはマイナス要因、経済効果は期待できないという識者も多い。さらに連休後は、使い過ぎたお金の節約に走り、消費低迷も予測される。全体的には経済指標の悪化が続いており、景気の先行きは暗雲も想定され、的確な政策を期待したい。
(和光同塵)

第6981号

「3・11」に思うこと

 「3・11」という言葉がある。2011年3月11日午後2時46分に起こった東日本大震災である。
 思えば、あれから8年の歳月が過ぎた。大震災が人々にもたらしたもの、深く刻印したものは様々であろう。「時間が止まってしまっている」とは震災に遭遇した人の言葉だが、これは一つの象徴とも言える。
 多くの人にとって、この大震災は時間とともに距離を持ったものになっている。その中には忘却も含まれるが、これは自然なことに属することなのであろう。大震災を遠くの地で聞いた私も、その衝撃は時間とともに薄れゆき、記憶として潜在化していっている。忘却したわけではないが、記憶として残っていく一つの形である。
 ただ、「3・11」が近づくと、想起する様々な催しが開かれ、記憶も現前化する。子供を亡くした父や母の嘆き、母や父を亡くした尽きせぬ思いに心揺さぶられる。こうした中で「3・11」からの復興を願ってきたことを思う。
 被災された人々の苦しみや悲しみの全てを感受できないことは明らかであるが、復旧や復興を願うことで、せめて心を通わせたかったのである。
 「3・11」からの復興はどうなっているのか。テレビの報道で「復興五輪(オリンピック)」と名付けられたことについて、被災地の人々の反応が印象深かった。五輪と復興とは関係がない、それを外してくれという怒りをこらえたような発言が記憶に残った。
 五輪の名分のように付け加えられた復興は、復興を切実に願う人々には欺瞞とまではいかなくても、御都合主義の宣伝に過ぎないと思われるのだろう。本当に復興を願う人たちのところに、復興と言えることが存在していないという苛立ちがあるのだろう。
 復興は大きく言って、震災によって蒙った日常生活の回復、同時に、受けた心的(精神的)打撃(傷)からの回復がある。後者は心的ケアが必要と言われることだ。復興ということにはこの二つの領域の構想が必要なのだが、現状はスムーズには行っていないことを示しているのだろうと思える。
 過去に多くの震災にであっており、復興の歴史を見ている。よく知られているのは関東大震災からの復興である。「3・11」の後に、関東大震災と後藤新平の復興計画(構想)が話題になったのはそのためである。東日本大震災は関東大震災とは違うし、当然にもその復興の構想は違う。それは当たり前のことだが、東日本大震災ではその復興の構想を提起する存在はなかった。
 先にあげた「復興五輪」という構想は、その悲喜劇な姿を示しているとでも言えるのかもしれない。さらに、これまでの震災と違って、東日本大震災には原発震災(福島第一原発事故)が加わっており、復興の道筋というか構想を複雑で難しくしている。福島第一原発の事故は未だに収拾もしていないし、その意味で震災は現在も継続していると言える。
 原発震災についいては、復興の端緒にすらつけないでいるとさえ感じられる。原発政策とも絡んでおり、事を複雑で困難なことにしている。東日本大震災からの復興がこれまでの震災とは違うのは、そこに原発震災があることであれば、原発震災について考え続けていくほかないのである。
(坂田の力)

第6979/6980合併号

没後100年の前島密翁墓前祭

 今年は郵便創業の父「前島密翁」の没後100年となる。4月27日には夫妻が眠る神奈川県横須賀市芦名の浄楽寺で、午前11時から、遺徳を偲ぶ「前島密翁墓前祭」が挙行される。
 前島の功績は改めて言うまでもないが、郵便のみならず江戸遷都、国学の改良、海運、新聞、電信電話、鉄道、教育、保険など日本の近代化に果たした功績は多岐にわたる。近代日本の礎を築いた。
 天保6(1835)年2月4日、越後国頸城郡下池部(新潟県上越市下池部)に生まれ、「縁の下の力持ちになることを厭うな。人のためによかれと願う心を常に持てよ」との信条で、世の人の生活を向上させる施策を提案し続けた。生誕の地には前島記念館が建っている。
 明治44(1911)年、浄楽寺境内に「如々山荘」を設け、大正8(1919)年4月27日に亡くなるまでの晩年の8年間を過ごした。享年84歳。
 如々は白居易の詩にあり、「変わらぬさま」を意味するという。ここで自叙伝「鴻爪痕(こうそうこん)」を記した。鴻爪は雅名。鴻(おおとり)は大きな水鳥で、この渡り鳥が北に帰るときは爪痕を雪に残して心覚えとするものの、再び来るときには雪は消えている。人の世の頼み難いことをいう故事に由来したとされる。
 墓所は浄楽寺本堂の裏手の高台にあり、仲子夫人と共に眠る。高台からは富士山が大きく見えたという。山荘にこの地を選んだのも富士山がひときわ大きく見えたからとも伝わっている。今年の没後100年の墓前祭は、奇しくも命日にあたる。
 主催は「日本文明の一大恩人前島密翁を称える会」。元鎌倉材木座局長の𠮷﨑庄司さんが会長として、長年にわたり執り行ってきた。非凡な先見性、積極果敢な行動力による偉業を偲ぶとともに、前島精神を受け継ぐことが郵政事業への発展になるとの思いからだ。
 称える会が発足した平成11(1999)年、会員は十数人だった。郵政民営・分社化によって参列者が減った寂しい時期もあったが、現在では会員も約600人となり、没後100年となる墓前祭には例年になく多くの人が参列するものと期待されている。
 墓前祭を続けてきた𠮷﨑会長の苦労も報われることだろう。生誕の地、上越市からも毎年、郵便局長をはじめ、次代を担う子どもたちに郷土の偉人の功績を知ってもらう活動をしている「前島密翁を顕彰する会」の多くの会員が参列している。
 浄楽寺の参道入口には称える会の尽力で、平成26年11月に「前島密翁記念ポスト」が横須賀市の協力も得て設置された。御影石を貼り前島密翁の胸像が載せられている。
 このポストに4月27日から8月4日までに投函された郵便物には「前島密翁没後100年記念小型印」が押印される予定だ。前島密の1円切手とはがきの木「タラヨウ」がデザインされている。
 また、横須賀秋谷郵便局でも、同じ期間に記念押印を行うことにしている。こちらは衣冠束帯姿の前島密翁とタラヨウが題材となっている。
 昨年に霞が関から大手町に移転した日本郵政グループ本社には、前島密を顕彰して「前島ホール」が設けられた。前島精神を継承、意志を引き継ぐことは、日本郵政グループの発展に繋がり、泉下の翁も期待していることだろう。
 墓前祭は好天に恵まれ、海からの風が心地良いことが多かった。今年も改めて前島密の精神に思いを寄せる契機となることを期待したい。
(和光同塵)

第6978号

安定的な郵便サービスの継続を

 郵便について土曜日の配達を休止し週5日への変更、原則3日以内とされる送達日数を1日繰り下げるといったサービ水準の見直しが検討されている。総務省の情報通信審議会郵政政策部会郵便局活性化委員会で議論されている。
 背景にあるのは、社会環境と利用者ニーズ、労働市場などの変化。電子メールの普及によって郵便物数はピークの2001年度が262億通だったが、17年度には172億通と34.5%も減少した。また、単身者世帯の増加に伴い配達か所数も増え、1か所当たりの配達物数は1996年度の1.39通から17年度は0.92通になった。
 さらに、女性の社会進出などによって平日に不在となる家庭が多く再配達が増加、配達する社員の負担も大きくなっている。同時にeコマースの浸透によってゆうパック・ゆうメールの荷物が02年の4.5億個から17年には45億個となっている。
 これに対して、人手不足が常態化、必要な労働力の確保が課題となっている。時給制社員の賃金単価も高騰、労働集約的なコスト構造の郵便事業への影響は大きいとされる。日本郵便の売上高に占める人件費率は約62%(17年度)で、日本企業の平均14%と比べても比率が高いという。
 郵便物数の減少、人件費の上昇などにより利益幅は減少傾向で、日本郵便はこのままのトレンドが続いた場合は、2019年度には郵便事業の収支は赤字となると危機感は強い。
 このため郵便サービスの見直しを要望しているが、土曜日配達休止によって、配達担当者の約5万5000人のうち約4万7000人、送達日数の繰り下げによって、区分業務などを行う内務深夜勤帯の約8700人のうち約5600人の再配置が可能とする。
 「働き方改革」への対応も求められており、土曜日配達休止で約535億円、送達日数繰り下げで約90億円、合計して約625億円の収益効果が見込めると日本郵便は試算している。
 JP労組も、商品・サービスの多様化、取扱いの複雑化により現場社員の負荷が増大、再配達では夕方以降や休日の業務量が増加、「仕事がきつい」とのイメージが重なり、現場での労働力確保の困難度が増していると指摘している。
 諸外国でも日本と同様に、eコマースの進展によって荷物の取扱いは増加する一方で、郵便物は減少傾向にあると数年前から指摘されてきた。郵便局活性化委員会の資料では、EUでは週5日の配達が基準となっているという。
 2月26日の委員会では、こうした見直しに関して行われたアンケート結果が示された。郵便サービスで最も重要なことは「全国で利用できること」「確実に届くこと」「ポスト投函など簡易に出せること」を求め、続いて「料金が安価であること」「全国均一料金であること」が多く、一方で「送達スピード」は2割程度となっている。
 また、土曜日配達休止に関して「やむを得ない」とするのは、個人で63.1%、法人では受取側が68.8%、差出側が72.1%と概ね好意的に見ている結果となっている。
 「郵政事業には、まだ課題も多い」とする柘植芳文参院議員は「郵便法は郵政省の時代から見直されていない。郵便事業に及ぼす経営への負荷、影響は大きい。国民にも政治にも実情を明らかにしていく時期にある」と強調する。
 働く人にとって魅力ある職場づくり、国民生活に不可欠な郵便サービスの安定的な継続が求められている。早期の結論が期待される。
(和光同塵)

第6977号

家計支出は5年連続で減少

 総務省は2月8日に2018(平成30)年の家計調査を明らかにした。家計調査は、全国の約4700万世帯から約9000世帯を抽出、1世帯当たりの1か月の収支を調査している。
 昭和21年7月に始められた消費者価格調査が前身、同25年9月からは、家計の収支両面が把握できるように改正し、名称も翌年11月から消費実態調査と改めた。
 また、28年1月には調査方法と費目分類も若干改正し、名称を4月から家計調査とした。個人消費をめぐる基礎資料として広く使用されている。
 今回の調査によると2018年の月平均の消費支出は、総世帯で24万6399円、物価変動の影響を除いた実質で前年より1.0%の減少となった。2人以上の世帯では28万7315円、こちらも0.4%の減だった。
 一方、世帯主が会社などに勤めている勤労者世帯の実収入は、総世帯で1か月平均49万2594円、実質1.2%の減少。2人以上の世帯では55万8718円、こちらも実質0.6%の減。消費支出は5年連続の減少、実収入は4年振りに減少に転じた。賃金の伸び悩みの中、消費支出を抑える節約志向が明らかになっている。
 2人以上の世帯の消費支出の内訳は次のようになっている。
▽食料=7万9348円、実質1.5%減(5年連続の減)
▽住居=1万6920円、1.3%増(5年振りの増)
▽光熱・水道=2万2020円、2.3%減(3年連続の減)
▽家具・家事用品=1万1094円、2.8%増(2年連続の増)
▽被服・履物=1万1384円、1.6%減(5年連続の減)
▽保健医療=1万3328円、0.7%増(2年振りの増)
▽交通・通信=4万2264円、3.8%増(2年連続の増)
▽教育=1万1788円、5.4%増(2年振りの増)
▽教養娯楽=2万9083円、2.4%減(5年連続の減)
▽交際費や諸雑費などのその他=5万87円、2.7%減(2年振りの減)。
 これに対して2人以上の世帯の実収入の内訳は、世帯主収入が42万6035円、1.4%減(3年振りの減)。このうち定期収入が34万8402円、1.9%減(2年振りの減)、臨時収入・賞与が7万7633円、0.9%増(3年連続の増)となっている。
 また、配偶者収入は7万2948円、4.7%増(2年振りの増)、他の世帯員収入が1万3621円、2.3%増(3年連続の増)。このほか事業・内職収入、社会保障給付、財産収入などがある。
 世帯主は給与の定期収入が減少したが、賞与などは増えたものの、全体では減少している。配偶者やその他の世帯員が増えており、収入を確保するために働く女性が増加しているものと見られる。
 税金や社会保険料など必ず払わなければならない支出は10万3593円で、可処分所得は45万5125円、0.4%減(3年振りの減)、消費支出は31万5314円、1.5%のマイナス(2年振りの減)となった。
 景気拡大期間が戦後で最も長かった“いざなみ景気”を抜いて最長となったと言われるが、可処分所得の減少など多くの人にとって実感は乏しい。GDP(国内総生産)の半分以上を占める個人消費の拡大に向け、有効な政策が求められる。
(和光同塵)

第6976号

衝撃的な報道 池江選手のこと

 私たちはいつも衝撃的な事件が伝えられる中で生きている。衝撃的な事件は心に波紋を広げ、多くのことを考えさせる。事件によっては直ぐに忘れ去られるものもあるが、考えることが深まり、記憶として心に長く留まり続けるなど様々である。
 統計不正事件は昨年の公文書改竄という官僚の不祥事と同様、衝撃的な事件である。頻繁に露呈する官僚の不祥事は、日本社会はどうなっていくのかと疑念を抱かせる。新聞の小さなコラムにあった「タイは頭から腐る」との言葉が印象深い。ただ、この官僚の不祥事は衝撃的だが、いつか慣れて、私たちの関心から消えて行くようにも思える。それだけ考え続けることは難しい事柄だからだ。
 横綱の「稀勢の里」の引退は衝撃的だったが、水泳の池江璃花子選手の白血病の公表も衝撃的だった。稀勢の里は判官びいきを思わす日本人気質が垣間見え、私もまたその雰囲気の中で応援していた。池江さんに関しては、いかに人々に愛されているかを示して感動的だった。
 私は少年期(中学生から高校生にかけて)に柔道に熱中していたこともあってかスポーツ好きだが、この頃に遭遇したことを想起した。スポーツと怪我ということだ。柔道を始めたのは中学2年生、高校生になっても続けていた。柔道部での活動は順調だったが、暗転したのは高校1年生の時の膝の怪我(正確には膝の骨にヒビが入ったこと)だった。
 怪我をして最初に治療してもらったのは、先輩がやっていた「骨つぎ」と呼ばれたところだった。ここでは、病状は正確に見抜けず、膝に水が溜まったのだろうと水抜きなどを施された。そして患部にチューブなどを巻き練習を続けた。痛みが取れないので大きな病院で診てもらい、膝の骨にヒビが入っていると診断され、本格的な治療に3か月ほどを要した。
 有望選手視されていたこともあってか、治療の期間にコーチと揉めた。怪我を抱えたまま練習することの無理があり、痛みで休んだりすることを批判されたのだ。練習をさぼっていると疑われたのである。これは部のコーチの視線だけでなく、上級生の部員にも浸透した。辛い体験だった。
 その時に考えたのは、怪我の正確な診察や治療に対するいい加減さであった。スポーツ者(指導者を含めたスポーツをする人たち)、また周囲の人たちの怪我に対する考えに疑念を抱いた。怪我に対する認識は、スポーツに対する認識でもある。
 スポーツにおいて、怪我は避けられない面もある。怪我というのはスポーツを続けるに支障のきたすような身体や心の異変である。大なり小なりスポーツ選手が遭遇することだし、乗り越えるほかない。スポーツ選手が活動を全うできるかは、怪我への対応が大きい。それにはスポーツに指導者として関わる人たちだけでなく、ファンや周辺の人々、また当事者の怪我に対する考えが大事なのだと思う。
 怪我に対する治療はスポーツ医療として進化するだろうが、人々の考えもそれに伴っていかなければならない。稀勢の里が怪我をした時、周辺や本人がどう考えるか注目した。稀勢の里は孤独に耐えて頑張ったのだとは推察するが、有効な対応をしえなかったのではという疑念も残った。
 そこには親方や相撲界の事情もあるだろうが、ファンの視線も関与していたと思う。果たして池江璃花子さんはどうなのだろうか。しっかりと治療に専念してほしいと願う。再び彼女の躍動や笑顔が見られることを思うファンの一人として。
(坂田の力)

第6975号

春秋一話 お休み

春秋一話  お休み

第6973・6974合併号

戦後最長の景気拡大となったが

 内閣府は1月の月例経済報告を1月29日に公表した。基調判断を「景気は、緩やかに回復している」と、昨年12月の表現と同じにした。
 「先行きについては、雇用・所得環境の改善が続くなかで、各種政策の効果もあって、緩やかな回復が続くことが期待される。ただし、通商問題の動向が世界経済に与える影響や、中国経済の先行きなど海外経済の不確実性、金融資本市場の変動の影響に留意する必要がある」との内容だ。
 この結果、景気拡大期間は2012年12月から6年2か月となり、戦後で最も長かった「いざなみ景気」(2002年2月~08年2月の6年1か月)を抜いて、最長となった可能性があると判断している。
 戦後、日本経済の主な好況は様々な名がつけられ、それぞれに特徴がある。「神武景気」は1954年12月から 57年6月まで2年7か月続く。有史以来の好景気として命名された。
 高度経済成長の先駆けで、経済活動が戦前の水準を超え、56年版の「経済白書」では「もはや戦後ではない」との表現が登場した。「三種の神器」といわれた白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫の家電ブームの端緒となり、大衆消費社会への入口ともなった。
 「岩戸景気」は高度経済成長期の中盤、1958年7月から61年12月まで3年6か月。神武景気をしのぎ、天照大神が天の岩戸に隠れて以来の好景気として名づけられた。働く人の収入も増加、中流意識が広がり、大量生産・大量消費の嚆矢ともなり、スーパーマーケットなどの大型店舗が出現した。
 「いざなぎ景気」は東京オリンピックの翌年、65年11月から70年7月までの4年9か月。国際競争力の強化を目的に、大型の企業合併が進む。クーラー、車、カラーテレビが「新三種の神器」と呼ばれ、神武・岩戸景気を上回る好況として、天照大神の父とされる伊弉諾尊(いざなぎのみこと)にちなんだ。
 「バブル景気」は86年12月から91年2月までの4年3か月。実体経済から乖離して不動産や株が高騰、一部での派手な消費も話題となったが、バブル崩壊後は長い低迷が続く。
 そして好景気とされた「いざなみ景気」は「豊かさを感じない」のが特徴とされる。労働者の賃金は伸びず、格差社会が流行語となるなど大多数の人にとって好景気の実感は乏しかった。伊弉諾尊の妻「伊邪那美尊」(いざなみのみこと)から命名された。
 その「いざなみ景気」を超えたとされる今回の景気拡大、政府は就業者数の増加はバブル景気に迫る375万人で、物価下落も止められたと強調するが、実質経済成長率は、実感なきと言われた「いざなみ景気」の1.6%をも下回る1.2%だ。異次元の金融緩和による円安傾向で輸出は好調だったが、国内総生産(GDP)の約5割を占める個人消費の伸びはまだ弱い。
 今回の景気拡大で総需要の伸びに占める輸出の寄与率は半分程度、一方で個人消費の寄与率は約2割に止まる。日本経済を支えてきたのが輸出だが、月例経済報告では、中国経済の不確実性などに留意としている。米中貿易摩擦が深刻化も懸念され、景気の下ぶれリスクに注意が必要だ。
 内需を支える個人消費の拡大が求められるが、賃金の引上げは中小企業や地方では厳しい状況が続いている。10月の消費税増税での打撃も懸念される。「いざなみ景気」と同様に“実感なき”とならないような経済対策を願う。
(和光同塵)

第6972号

さて今年の重大事とは…

 いつも年の瀬になると1年の重大事件がランキングを付けて発表される。
 かつてのようにそれほど関心を集めているとは思えないが、それでも気にはなる。いずれにしても事件は毎年起こるのだが、年の初めには重大事が解説される。これは想定外として突然のように起こることではなく、予定された出来事でもある。誰しもが少なからぬ関心を持つものだが、自分なりの判断を下すことが難しいということがある。
 例えば4月の末をもって天皇陛下が退位され元号が変更されることになる。新しい元号は4月1日に発表されることになっている。
 7月には参院選挙がある。この前に、もしくは後に、憲法改正の発議、そして国民投票ということもあるかも知れない。これらは確定されたことではなく、予想される事柄に過ぎない。10月には消費税が上げられると言われている。これも未確定な要素があるが、延期されてきた消費税が8%から10%になるわけだ。
 天皇退位、憲法改正、消費増税が予定されているのだ。私たちは国民の一人として、判断が要求されることである。しかし、賛否を含めて考えるとすれば、それぞれに難しい問題があるように思える。
 わが関心事にあらずとやり過ごすことも、上から降ってきたこととして受け入れるか、だから面白くないと拒絶することも自由だが、いずれの態度をとるにせよ、それらを自分なりに考えたいと思う。ただ、それはやさしいことではない。さて、あなたはどうか、という問いかけを発する前に、自問として振り向けたい。
 天皇退位と元号の変更についてだが、天皇退位はこれでいいと思っている。天皇が死ぬまでその位置にあるべきだとは思っていないからだ。以前に女系天皇が議論に上ったときも賛成だった。「万世一系」という権威づけに固執する形で出てくる退位や男系天皇論には疑問を抱く。象徴としての天皇は、かつてのような権威づけられた天皇を否定して出てきたものと考えられるからだ。
 それならば、元号の使用はどうだろう。日頃は西暦を使っている。時代を考えるときに便利で、和暦にそって考えるのは煩わしいからだ。
 歴史的なことを考える場合においてだけではなく、最近のことを考えてもそうである、昭和生まれが、平成時代のことを和暦として考えるとしばしば混乱に陥るのである。平成何年というのは記憶しにくいし、やむなく西暦に換算して補っている。平成の始まりと終わりは覚えているが、途中は感覚として記憶されていない。
 これは昭和や大正や明治ということとは別なものとしてある。明治以前のことにも同じことを感じている。和暦は日本人の固有の時間意識を持つものだと言われる。確かに、昭和や大正、明治にはそれを感じる。明治以前や平成にはそれを持たない。平成生まれ、あるいは平成時代に多くを過ごした人はどうなのかと思うが、西暦を主にして、和暦は副次的なものとして併用する方がいいのではないだろうか。
 和暦に日本固有の文化的意識を持つ人もいるのだろうから、残すことに反対ではない。現在は世界的に「自国ファースト」が強く出てくる時代である。だから、和暦が自国の時間を意識させるものとして見直されるのかもしれないが、その煩わしさを考えると、それは存続するにしても副次的なものにした方がいいと感じる。
(坂田の力)

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