「通信文化新報」特集記事詳細

 年/月

6966・6967合併号

【主な記事】

全員営業で全種目達成を目指す
バランス良く一丸でV3へまい進
留寿都郵便局(北海道) 
部会長 島垣好幸局長

 平成最後の年賀はがきの発売も始まり、今年も余すところ1か月となった。郵政事業にとっての最繁忙期であり、各郵便局では目標の達成に向け、局長と社員が一丸となって取り組んでいる。そのような中、北海道支社管内の北海道南後志地区連絡会(永井孝博統括局長/喜茂別)の留寿都郵便局(島垣好幸局長)を訪ねた。留寿都村は北海道後志総合振興局管内にある虻田郡にあり、「留寿都」の語源はアイヌ語で「ル・スツ」と言い、「道が山の麓にある」という意味。人口は約1910人で、村の中心を札幌から洞爺湖温泉に向かう国道230号線が貫いている。北側には羊蹄山がそびえ、「赤い靴ふるさと公園」や「留寿都温泉」などがある。

 JR札幌駅前から洞爺湖温泉行のバスに乗車、国道230号線に入って雪道を通り、「定山渓」や「中山峠」を経由して約80キロ(所要時間2時間)走った留寿都バス停で下車、100メートルほど戻ると、左前方に留寿都局が見えてきた。
 島垣局長は小樽市の出身で、平成4年4月1日付で札幌西局に採用となり、寿都局の副局長を経て、18年10月1日付で余市沢町局長に就任した。その後23年4月1日付で留寿都局長に異動し、8年目を迎えており、28年度から部会長を務めている。
 スタッフは局長、課長代理、期間雇用社員の3人で、利用世帯は約400、利用者は600人前後で、1日当たりの来局者は30~50人ぐらいである。来局者は60歳以上が多いが、近くにリゾート関連施設があり、若い人や外国人の利用も多い。
 本年度は本社営業表彰(総合表彰)、支社貯金、提携金融表彰、がん保険営業優績局、かんぽ最高優績窓口表彰を受賞した。

「顧客第一」がモットー
 部会長局ということもあり、局長が不在になることが多く、局長と社員2人が終日局にいることは月の半分ぐらいである。そのため、郵便局経営に関わることはもとより、業務運行上の周知事項などは、3人がしっかり共通認識として把握し合い、お客さま対応上、支障がないように努めている。
他の金融機関はJAの出張所と北海道信用金庫だけで、郵便局とのすみわけがある程度できている感じである。
 局の経営理念の中に「地域の人たちの生活を生涯にわたって支援することで、触れ合いによる豊かな暮らしの実現に寄与する」と明記してあり、お客さまにとって必要な郵便局であり、スタッフであるように努めている。
 また、今年度は「郵便局ネットワークの将来像」について、社員1人ひとりに考えてもらっている。

 目標は早期に達成
 営業推進に当たっては「支社や連絡会から与えられた目標は必ず達成するんだ」という強い思いで取り組むとともに、できるだけ早く達成し、できれば部会や連絡会のためにも上積みを図れるように考え、社員にも協力してもらうように話している。そのためには、ガイドラインを常に考え、適時適切な取組みをするようにしている。
 推進に当たっては、日々はもとよりだが、土地柄、1週間、1か月ぐらいをスパンに考え、ミーティング等で共通認識を持ち、「今、何をすべきか」を第一に考え、役割分担をしながら取り組むことにしている。
 ここ数年はほぼ順調に推移しており、すべての目標は年内達成を目指し、年明け後は上乗せに努めるように取り組んでいる。

 大事な人材育成
  エリア局においては、局長はもとより、社員の仕事の幅が年々広がっており、カウンターセールスをより効果的に進めていくには、社員の活躍にかかっていると言っても過言ではない。
 そこで業務知識はもとより、お客さまと接する上で必要な心得や教養などは相応に必要であり、期待に応えられるように努めてもらっている。
 また、社員はキャリアパスを明確にするよう話している。例えば「こんな役職をしたい」とか、「どこどこで働きたい」など、将来展望を明確に持って仕事に携わるように話している。基本的には社員の育成であるが、一緒に喜ぶことは楽しくもあり、局長が学ぶこともあるようだ。
 このほか、地区連絡会の若年社員と役職者の育成に力を注ぐ一方、若年社員の育成と役職者の育成に力を入れている。

 朝礼や会議の実施
 「前日の実績」や「当日のやるべきこと」など、基本は手すき時間等を活用し、日常のミーティングは済ましている。また、日々の営業、業務の中でも、臨機応変に行っている。社員の自己目標と局推進のバランスを考え、「1日の必要額、週の必要額」を明確にしている。
 このほか、必要に応じ、業研や営業会議などを行ったり、局務運営や営業推進の万全を期すこともあるようだ。

 必要とされる局長に
 基本的には自然体で活動するようにしている。前任局では、少々力み過ぎがあったが、留寿都局長になっってからは、「この地域で役に立とう」「必要とされる局長になろう」という基本姿勢を持ちつつ、自然体で地域に溶け込もうとしてきたようである。
 依頼が来た「地域の役」は、時間の許す限り引き受け、頼まれたことは、「できる限り要望に応えよう」と努めている。小さな村なので、「出しゃばり過ぎず、かつ、一生懸命に頑張る」という姿勢であると強調する。


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