「通信文化新報」特集記事詳細

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第6883号

【主な記事】

[日本郵政]4003億円の減損損失
[日本郵便]5450億円の株式評価損
トール社の業績不振で


 日本郵政の長門正貢社長と日本郵便の横山邦男社長は4月25日、記者会見を開き、「日本郵便の100%子会社(非上場)トール・ホールディングス(以下、トール社)の業績不振により、2017年3月期決算で、日本郵政は連結でのれんと商標権・一部の固定資産合わせて4003億円の減損損失、トール社株式を保有する日本郵便は単体で約5450億円の株式評価損を計上する」と発表した。
 これにより日本郵政の連結当期純利益はマイナス400億円となる見込みで、同グループ初の赤字決算となる。長門社長は「大きな減損は役員一同大変重く受け止めている」と述べたうえで「レガシーコストを一気に断ち切り、成長路線へのスタートを切りたい」と前向きな姿勢をのぞかせた。トール社はこれまで通り国際物流事業の中核として位置づける一方で、リストラなどの経営改善策や今後の事業展開についても公表した。
 今回の減損処理は、将来のキャッシュフローが大幅に減少する見込みとなったことから、会計基準に基づき行われた。減損損失4003億円の内訳は、のれんが3682億円、商標権が241億円、有形固定資産(土地・建物)が80億円。のれんと商標権は残存金額の全額を処理することになる。今回の処理により、今年度以降は日本郵便ののれん等の償却負担がなくなる。
 日本郵便では、トール社の株式評価額が著しく低下したことから会計基準により、2017年3月期の同社単体の決算にトール社の株式評価損約5450億円(簿価6107億円)を特別損失として計上する。日本郵便単体の当期純利益は赤字となるが、連結には影響しない。
 日本郵政では、「日本郵政グループ中期経営計画(期間:2015年度~2017年度)」に基づき、2017年3月期の当期純利益は3200億円(昨年5月の決算発表時に公表)を目標にしていたが、今回の減損処理により当期純利益はマイナス400億円と予想している。同計画最終年度の2018年3月期の連結決算では当期純利益は4500億円(非支配株主帰属分を含む)を目標にしている。長門社長は「今年度は同計画の最終年度で、目標は何としても実現したい」と意欲を燃やす。
【株主配当は変更なし】
 2017年3月期は赤字決算となるものの同期配当予想の1株当たり25円(中間配当金25円と合わせて年間配当金50円)については、変更しない方針。長門社長は「今回の減損処理はキャッシュフローには影響がなく、利益剰余金3兆1000億円強、資本剰余金4兆円、純資産は14兆8000億円弱と資金は十分にある。ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険からの配当は予定通り見込まれ、期末配当性向5割は実行したい」とその理由を話す。
【減損損失の根拠となった「固定資産の減損に係る会計基準」とトール社の業績見込み】
 トール社は約6200億円で買収したが、実際の価値にプレミアムとしてのれん代を上乗せした。日本郵便では、日本の会計ルールに基づき、のれん等の償却負担額(20年均等償却)を年間218億円計上していた。しかし、減損に係る会計基準では、トール社のケースのように経営環境が著しく悪化した場合には、減損テストを実施し、減損が判定された場合は減損損失として当期の損失に計上することとされている。今回の減損の決定は減損テストの結果がこれに当てはまり、「帳簿価額を回収可能価額まで減額」となった。
 買収前の2014年6月期の営業損益(BBIT)は4億4400万豪ドル(約412億円)だったが、2017年3月期には6900万豪ドル(約60億円)と買収前の20%以下の水準まで悪化する見込みとなった。この水準を基礎とした損益見通しにより減損テストを行った中で企業価値、事業価値を算出した結果、現状では買収時の資産と同じ額の26億豪ドルに下がってしまい、のれん等の全額を減損するに至った。
 長門社長は「昨年3月末のトール社は今ほど悪くなかった。その段階では減損適用の結果が出てこなかった。今年度のトール社の方向も見えたのでなるべく早く実施しようと考えた」とこれまでの経緯を話す。
 横山社長は「下降トレンドは一昨年の秋ぐらいからで、経営課題を問うたが、旧経営陣からはしっかりとした答えは返ってこなかった」と述べており、昨年秋口から後任の経営陣を探し始めたという。
【トール社の業績悪化の背景】
 資源価格の低迷により、オーストラリア経済は減速している。2016年3月のオーストラリアのGDPは1.9%増で若干の成長がみられる。しかし、都市部と鉱山地区では成長率に差が出ている。都市部のシドニーのあるニューサウスウェールズ州では同2.9%あるのに対して、鉱山地区のクイーンズランド州では2015年半ばからマイナス成長が続いている。2016年3月にはマイナス1.4%となった。トール社は、鉱山地区に顧客が比較的多く、宅配事業をはじめとする国内物流事業は急激に冷え込んだ。トール社の売り上げに占める国内物流事業は売上の7割もあり、同社の業績を直撃した。オーストラリアの物流事業者はどこも厳しく、管理手続きをした事業者もあるという。
【リストラと今後の展開】
 トール社は100件以上のM&Aを繰り返し拡大してきた企業であるためバックオフィスの重複やシステムは一本化されていない状態になっている。コスト高の体質で、特に景気減速下では利益を圧迫する事態に陥った。1月に新しい経営陣を迎えたが、これまでのM&Aを中心とした拡大路線からコスト構造の改革や成長性の高い産業や地域に経営資源を集中させる路線に切り替える。
 改善策として、まずは2018年3月までに2000人の正社員をリストラする。すでに300人の削減を終え、今年度は1700人を削減する予定。組織体制も見直し、5つの事業部門を3つにしたうえで、22のユニットを11にする。
 中期計画には事業戦略として「トール社をプラットフォームとして国際物流事業を拡大する」ことが掲げられているが、長門社長は「海外展開の戦略は変わらない。トール社は引き続き、その中核として位置づける。メタボ体質を筋肉質に変えていく。早急に業績を回復させ、グループの企業価値を高めたい」とその方針を語る。
【経営責任とトール社のガバナンス強化】
 「大きな減損を役員一同、重く受け止めている」として、多額の減損を出した経営責任から、長門社長をはじめ役員は半年間、報酬の5%から30%を返上する。買収を決定した髙橋亨会長は30%、長門社長と横山社長は20%、鈴木康雄・日本郵政・代表執行役上級副社長は15%、その他の役員・専務執行役員・執行役員副社長は10%、常務執行役員と執行役員・社外取締役は5%の減額。髙橋代表取締役会長は、代表権を返上し、取締役会長として引き続き会長を務める。髙橋会長はトール社の取締役も退任する予定。長門社長はトール社の業績不振の責任について「入り口で高いものを買ったことやマネジメントをしていなかった問題もある」と話している。
 トール社へのガバナンス強化として、トール社のボードメンバー(取締役会)には、日本郵便の小野種紀・専務執行役員(1月に就任)、日本郵政の市倉昇・専務執行役が加わる予定。専門家がタッグを組み、経営の意思決定に必要な経営情報の収集と分析に当たる。1月に就任したトール社のジョン・マレンCEO兼会長とマイケル・バーンCOOは毎月、日本に来て経営状況などを日本郵便幹部に報告している。
 日本郵便内にトールデスクを設け、情報収集する。横山社長は「トール社は一人の顧客に複数のビジネスユニットから営業し、非効率なことが起きている。整理して筋肉質化していきたい」と述べており、ガバナンスをより一層強化する方針だ。
 ジョン・マレン氏は、2006年から2009年までドイツポストDHLのCEO、2008年から2016年までは通信系の「テルストラコーポレーション」のチェアマンを務めた。マイケル・バーン氏は、リンフォックスなど複数の物流会社のCEOを務め、2015年からはオーストラリア郵便の非常勤役員を務めていた。
【今後の海外戦略とM&A】
 グループの中核企業としてのトール社の戦略について、長門社長は「トール社はこれから成長するアジアやアメリカで売上があるが、世界では大きな企業ではない。海外業務のネットワークを作るため、新たなM&Aか、業務提携なのか。いろんな形がある」としており、今後の営業活動については「日本郵便とオーストラリアで仕事をしている会社もたくさんあり、それらのコネクションを有効に活用しビジネスにつなげることが始まり出した」と売上アップとシナジー効果についての戦略を披露した。
 長門社長は「トール社の買収は意思決定の過程でオーストラリア経済の見通しや評価、リスクの甘さがあった。しかし、海外を攻めていく大きな一石ではあった」とトール社についての責任と評価を語り、今後のM&Aについては「プレミアム(上乗せ金)や買った後のマネジメントやシナジー効果などをシビアにみていきたい」。横山社長も「目的とシナジー効果をはっきりさせ、採算が合うまで待つことも必要」と述べている。
【横山社長の経営ビジョン】
 同会見で横山社長はトール社の立て直しや国内事業の成長戦略について語った。「トール社は企業物流の強化を進める。国内物流事業者との提携も考えられる。国内では郵便物は減っているが、手紙やはがきは寄り戻しがあると思っている。心の部分をどうお届けするか、活用の仕方次第だ。バーチャルとリアルの良いあんばいの所に落ち着くと思っている。Eコマースの拡大で宅配事業も伸びているが、大口の顧客も適正料金を確保できる提案もしている。ゆうパックも個人にやさしい商品を作り上げていく必要がある。物販や不動産での成長もあり、国内は宝の山だ」。


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