「通信文化新報」特集記事詳細
第6767号
【主な記事】
日本郵政グループ 上場へ成長戦略
日本郵便 豪トール社買収
ゆうちょ銀行 資産運用を見直し
年内にも上場を予定する日本郵政グループが、収益構造を抜本的に見直す大胆な成長戦略を打ち出した。日本郵便はアジア中心に55か国で業務を展開する豪物流大手・トール社を買収すると発表した。ゆうちょ銀行は、安全性を確保しながらも収益性確保のために資産運用を見直す。かんぽ生命は保険業界として初めて日本IBMと連携し、保険金支払いの高度化を図る。日本郵政の西室泰三社長は2月18日の記者会見で、トール社と提携ではなく買収に至った理由を「新しい分野を始める以上は全面的に参画し、すべて吸収しながら進む。成長(を急ぐ)ために“時間”を買った。我々は、グローバル企業としての第一歩を踏み出す」と語り、三事業のユニバーサルサービスを確保するためにも成長する必要性を強調した。
かんぽ生命 IBMと連携
西室社長は、今後の成長戦略の3本柱として、日本郵便によるトール社買収のほか、ゆうちょ銀行の運用見直しと国内生保初となるかんぽ生命とIBMの連携による支払い業務の高度化を挙げた。トール社買収は日本時間の17日夜間に決着し、18日早朝に髙橋亨社長がオーストラリアのトール社で記者会見を行ったことを明らかにした。
世界的にも高齢化社会が進み、ネット通販市場が拡大の一途を辿る中、昨年10月、日本郵便は仏ジオポストと香港レントングループと資本・業務提携を締結。国際宅配便サービスを開始しているが、今後成長するアジア市場での国際総合物流企業としての地位を確立し、グローバル展開を図るための方策を模索した。どのような企業と連携するのが最善かを検討するに当たり、トール社がアジアに強く、フォアーディング(国際貨物を安全、確実にスピーディーに輸送するサービス)事業や3PL(Third Party Logistics=荷主に物流改革を提案し、包括して物流業務を受託し、遂行する)に強いことから交渉を進めたという。買収金額は65億豪ドル(約6200億円)。買収により、世界第5位の国際物流企業が誕生することになる。
西室社長は「日本郵便は3PLについて国内でもほとんど経験がない。全世界でそれが遂行できそうな会社を比較、検討させていただいたところ、トール社が55か国に拠点を持ち、継続的に収益を上げている会社だと分かった。経営陣を我々の陣営に加えるのは大きな力になる」と説明。「グループ社員の力を結集すればできないことではないかもしれない。しかし、我々は成長のために時間を買った」と述べた。
ゆうちょ銀行の資産運用における国債の割合は第3四半期決算時53%。ここ数年貯金残高は伸展していたが、歴史的な低金利を受けて他行に比べると伸び率には限界があった。このため、日本郵政グループはゆうちょ銀行のポートフォリオを全面的に見直すことで収益を向上させる方針を打ち出し、管理職クラスの専門人材を募集した。西室社長は「現在の日本の金融市場を考えた上で施策を作り出すのはグループとしての使命。国債保有の割合に最初から限度を設けるなどの指示はしない。結果について経営陣は責任がある。成功しなければ成長は難しい」と覚悟を語った。
また、かんぽ生命とIBM社の持つ最先端コグニティブ・コンピューティング・システムのワトソン技術の連携について「日本の保険業界でIBMと連携したのは我々が初めて」と強調した。
井澤ゆうちょ 銀行社長が交代へ
ユニバーサルサービスは責務
西室社長は「重要な人事を申し上げる。ゆうちょ銀行の井澤吉幸社長から辞任の申し出があり、本人の意志が固いために3月に交代することを承認することとした。井澤社長は減少していた貯金残高を反転攻勢し、伸展した。第3四半期決算においても低金利の中で予想利益を上回る業績を上げておられる。日本郵政の非常勤役員は6月の株主総会まで務めてもらう」とし、後任の人事は「検討中」と明かした。
また、「日本郵便の髙橋亨社長が非常に多忙なために、補佐する人材が必要と考え、ゆうちょ銀行の米澤友宏副社長に日本郵便の副社長として異動いただくことになった。社長を全面的に補佐し、業務全般を見ていただく上級副社長に就いてもらう。新たな3PLの国際展開にしっかり携わってもらうことを日本郵便取締役会で了承いただいている」と語った。
さらに「グローバルな物流市場を見渡せば、日本郵便はEMSなど一部を除き、物流で大きく伸びているわけではない。また、国際拠点は上海のみ。ジオ・ポストなどと提携し、一つの道はできたが、我々がマネジメントをする会社ではない。トール社の場合は日本郵便が持たない機能を様々な範囲で持っている。全面的に買収し、そのままの形で事業を進めていく」方針を示した。
「3PLは運送業界でいろいろな呼び方があるようだが、BtoB配送と言ってもよいと思う。日本郵便はこの分野の経験が少ないが、何人かは現地に駐在して直接担当する社員も出てくるだろう。日本郵便の経営を強化していく」と意欲を語った。
かんぽ生命とIBMの連携については「IBMのバックアップを受けて、日本IBMとワトソンの実用化に向けて共同実験を行う。ワトソンはいわゆるコグニティブ・コンピューティング・システム。人間の頭脳のように学習を蓄積していける高度なコンピュータで、支払い業務が格段に高度化される」と説明した。
また、ゆうちょ銀行の人材募集について、「ゆうちょ銀行は資金を持つ機関投資家として、運用の高度化とリスク管理の徹底により、さらに利益を上げることができると確信している。グループ内外問わず、高度運用、リスク管理の専門家を募集するために本日、新聞広告を出した。来年度から参加してもらう。管理職処遇をする」と述べた。
記者団からはトール社買収に対する質問が相次いだ。「トール社買収は日本郵政グループが新たなリスクを抱えることにならないのか」との質問に対し、西室社長は「郵政民営化の第一歩を踏み出すために、我々がやらなければいけないのは新たな事業に責任を持つことだ。上場後を含めてその先も必ず効果が出るような施策。新しい分野に着手する以上は全面的にそのノウハウを吸収しながら進んでいく。いわば(自力で)成長のために費やす“時間”を買ったことになる」と語った。
「買収するための調達資金は昨年に資本の再構成で得た資金が使われることになるのか。そうなると、ゆうちょ銀行の利益分を日本郵便の新規事業に使うことになるが」との質問に対しては、「郵便局ネットワークを維持し、ユニバーサルサービスを履行するためにも継続的に成長し、利益を確保することが不可欠。国会で『すぐに上場すると株価が安くなり、国家の財産を毀損する』との発言があり、『我々としては全体感を持って進める』と答えた。国民の財産を毀損しない基盤を作ることが我々としての使命だ」と強調した。
「6月にも発表される上場に向けたエクイティストーリーと今回の買収などの施策との関わりとは」には「三つの成長戦略は運用、リスク管理における方針の大変革。エクイティストーリーの中でこの部分は最も投資家が気にしている部分だ。ゆうちょ銀行の収益性に対する解答ともいえる」と語った。
「日本郵便、ゆうちょ銀行とも収益性確保に向けた問題がある。トール社買収と運用見直しの根底にあるのは上場を控えた成長戦略という意味だろうか」には「それが根底にある。加えて、IBMとかんぽ生命の連携はさらに根の深いところにある。日本の保険業界でコグニティブ・コンピューティング・システムのワトソン技術を活用していくのはかんぽ生命が初めてだ」と答えた。
「運用見直しはこれまでの安定性に加えて収益性を追求すると言うことになると思われるが、そのバランスをどうとらえるべきか」との質問に対しては、「収益性は重要だが、安定性を犠牲にしてまでも収益を追求しようとは考えていない。今回の見直しでもリスク管理を追求しながら運用する」と強調した。
「昨年発表された日本郵政グループ中期経営計画は“守り”の計画」だったが、3月末に見直される計画はかなりの部分で変わってくることになるのか」には「前回発表した中期経営計画は基礎体力を失いつつあった事業の体力をつけることを主眼に置き、そのための投資をしなければならない内容だった。今度は、将来に向かっての計画を作ろうとして今進めている。しかし、今日発表した三つの成長戦略を支える中身はまだほとんど入り切れていない。効果が出ない前から効能だけ描くのはよくない。効果を過大に見積もることはしない」との方針を示した。
通信文化新報は「2021年は日本郵政グループにとって一つのターゲットと思われるが、そこを目指して見直される中期経営計画なども含めて、いつくらいから収益がどんどん反転していく計画なのか」には「1871(明治4)年に郵便事業を起点に継続的に繁栄する将来像を示していくために、様々なことをしなければならない。しっかりと地面を踏みしめながら成長し、国民の財産を大事にし、義務である(三事業の)ユニバーサルサービスを維持する。郵便局ネットワークは非常に大切なもの。それらをやり遂げながら発展していく」と語った。
>戻る
