「通信文化新報」特集記事詳細

 年/月

第6898号

【主な記事】

長門正貢日本郵政社長インタビュー
郵政民営化から10年、社会的意義は不変


 2007(平成19)年郵政民営化から10年、12年の改正郵政民営化法施行から5年と郵政事業は節目を迎えようとしている。日本郵政の長門正貢社長は「郵便局ネットワークを通じて三事業のユニバーサルサービスを提供し、国民経済を支える社会的意義は変わらない。ゆうちょ銀行もかんぽ生命も郵便局ネットワークなしに生きていけない」と強調する。全国展開するみまもりサービスについては「お客さまとのコミュニケーションを密にニーズを伺うのがビジネスの羅針盤。アンテナの最前線に郵便局長がいてくれる」と〝そばにいる〟強みに期待を寄せる。(インタビュー=永冨雅文)

郵便局の存在が最大の価値
 持続可能な成長戦略を

■郵政事業は公益性と地域性を保ちつつ、三事業のユニバーサルサービス義務が課されていますが、民営化後の日本郵政グループの社会的意義や存在価値をどうとらえますか。
 民営化からの10年間、郵便局社員や局長の皆さんなど関係者全員がひたすらに頑張ってきました。郵便事業が始まって146年目になりますが、郵便、貯金、保険という国民にとって非常に重要な仕事を136年間、官業として担っていたことになります。民営化された今も、郵便局という地域住民のそばにいるネットワークを通じてユニバーサルサービスを提供し、国民経済を支える社会的意義はいささかも変わっていません。
 では、今の少子高齢化に伴う人口減少時代のニーズに応じて何ができるのかといえば、10月から全国の直営郵便局でスタートするみまもりサービスなど様々あります。約2万4000の郵便局が過疎地にも離島にも存在することが日本郵政グループの最も大きな価値です。
 2015(平成27)年11月4日に、東京証券取引所に日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命が3社同時に上場を果たしました。今も日本郵政の株式は政府が約8割保有し、第2次売出しの準備を進めています。ゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式は日本郵政が議決権ベースで89%保有していますが、上場で成長軌道に向かう大きな一歩を踏み出したことになります。
■日本郵政の社長就任時に、経営には「クールへッドとウォームハート」(冷静な頭脳と温かい心情)で当たると話されていました。「選択と集中」「規律ある経営とコミュニケーションの深化」を強調されましたが、その後の状況はいかがですか。
 昨年、就任あいさつで使わせていただいた言葉です。郵便事業は我々だけの業務ですが、それ以外の業務は他社と競合します。得意分野に特化することが最もお客さまニーズに貢献でき、比較優位に立てるのは経済学の原理ですが、日本全体、世界経済へのパフォーマンスを上げるために、日本郵政グループが何を選択し、どう集中して、どのようなスピード感で進めるかは経営者の評価が問われます。
 また、一人ひとりの郵便局社員や局長の皆さん、本社や支社の社員全員が活き活きと仕事ができないようでは組織の成長はあり得ません。全員を元気にする環境をウォームハートで作りたいと思いました。安心・安全という郵便局ブランドを守り続けるために、各種研修などの人材育成面の環境整備が必要と感じています。
 クールヘッドは日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命のビジネスの目標の徹底です。日本郵政社長としてクールヘッドの方がウエイトが高かった1年半だったことを反省し、ウォームハートにも改めて力を注いでいきたい思いです。
■今年度は中期経営計画最終年度の追い込みと同時に、次期中期経営計画策定時期にさしかかっていますが、進捗状況などを聴かせてください。
 2015(平成27)年4月に中期経営計画を発表し、その年の11月に上場しましたから、今の計画は市場への経営コミットメントでした。達成できなければ絵に描いたもちになってしまうため、責任を持って必ず達成しようと考えています。
 次期中期経営計画は環境変化を踏まえ、上場企業としての持続可能なエクイティストーリーを作らなければなりません。今、とりかかっている最中です。
 環境の変化でいえば、日本郵便はeコマース市場が急速に拡大しています。eコマースは10年強の短期間に14兆円市場まで膨らみました。最終工程にある荷物のお届けが我々の大仕事です。他にも多くの業務がありますが、売上増と経費削減の両立が課題になります。約40万人の社員の活かし方も考えなければいけません。
 物流事業で社会問題化している再配達は、はこポスやコンビニ受取でさらなる工夫が求められます。ユニバーサルサービスは絶対的な使命ですが、矛盾しない範囲の経費コントロールも考えなければなりません。過疎地や離島の郵便局をなくすわけにはいかないため、集配業務の選択と集中などで郵便局の仕事を軽減する方法がないかを考えています。
 過疎地域にある郵便局に地方銀行のATM(現金取扱機能なし)を設置して、地域経済に貢献する施策や、日本生命のオフィスがない地域の郵便局の窓口ロビー等にTVシステム等の機器を置くことで日本生命がお客さまとやりとりできるサービスの実証実験も開始し、既に利尻島などで喜ばれています。約2万4000のネットワーク価値をさらに高め、活かす方法はみまもりサービスだけにとどまらず、多々あります。

最前線のアンテナは郵便局長
“そばにいる”強み活かす
郵便局あっての金融2社

■金融2社の経営や課題については。
 ゆうちょ銀行は低金利環境の中で、民営化時は88%あった国債投資比率が2018(平成30)年3月期第1四半期決算では32・2%まで下がりました。リスクコントロールが大前提ですが、社債や外国証券などで積極運用するサテライトポートフォリオ、中でもプライベートエクイティファンド(未上場会社への投資)、ヘッジファンド、不動産ファンドを投資対象としたオルタナティブ投資領域への拡大を図っています。
 ゆうちょ銀行の収益の約94%が資金運用益で、約6%が手数料収入。融資業務はできないため、メガバンクの手数料収入比率と比べると5分の1程度と小さく、シンジケートローンの幹事手数料がない、証券子会社を持っていないので債券引受手数料がないなどハンディは多々ありますが、約1億2000万人のお客さまに通常貯金口座をご利用いただいていることが最大の強みです。運用の高度化・多様化のほか、投信販売など手数料ビジネスを強化することで低金利の影響を打ち返し、次期中期経営計画に臨みたいと思います。
 かんぽ生命も低金利環境で厳しい打撃を受けている状況は同じです。保障性商品へのニーズはどんどん高まっており、的確にニーズを拾って商品開発に工夫を凝らし、対応できる態勢の整備を急がなければなりません。保有契約は落ち込んでいますが、新規契約で一気にはね返す反転攻勢も目前まで来ています。
 運用資金はかんぽ生命は約80兆円あり、かんぽ生命は今も国債の占有率が5割超ありますが、ゆうちょ銀行と同じようにリスク許容度の範囲内で運用の深掘を進めなければならないと思っています。
 経費面でかんぽ生命が一歩進んでいるのは、IBM Watsonを保険金支払査定業務やコールセンター業務に導入することで、AI(人口知能)を活用した業務品質の向上とともに業務効率化を始めたことです。保険金支払査定業務において、これまでベテラン社員が対応してきた難易度の高い事案に対する査定判断を比較的経験の浅い担当者でも実施できるようになることで、より多くの審査事案を効率的に処理することができ、経費コントロールも可能になります。保険金支払査定業務やコールセンター業務以外の分野にもWatson活用の幅を拡げていきます。人手不足の課題解決はグループ全体の課題のため、次期中期経営計画でしっかりと定義付けしていきたいと考えています。
■過疎地の郵便局維持は大変なため、郵便局ネットワーク全体を活性化して価値を高めなければならないと思いますが、将来展望はありますか。
 例えば、投信販売もその一つ。2年前、ゆうちょ銀行社長に就任した際も貯蓄から投資への時代のニーズに合わせて投信を強化しようと打ち出しました。
 ゆうちょ銀行の投信手数料は年間100億円超。日本は家計金融資産が1800兆円あり、うち50数%が現金・預金で、投信は約5%、残高は100兆円ほどです。投信ビジネスに郵便局ネットワークの力が加われば圧倒的な数のお客さまとの接点が出てきます。
 投信販売はこれまでゆうちょ銀行の233の直営店以外では1315の郵便局しか行っていませんでしたが、今回、投信取扱局を100局増やし、また、資産運用のご相談や投信の紹介を行う投信紹介局を約1万7000局に拡大します。紹介局でお客さまとの接点を増やし、ゆうちょ銀行や投信取扱局で具体的にお客さまの資産形成のお手伝いを行っていきます。
 また、先般認可取得した口座貸越サービスのスタートは2年後を予定していますが、全国の郵便局でお申込みが可能になります。お客さまの急な出費や一時的な資金ニーズに備えるもので、一般的なカードローンとは商品性が異なるサービスになります。これらはいずれも、全国の郵便局ネットワークを活かした顧客サービスの充実による企業価値向上の取組みの一環です。
■金融2社とも郵便局あってのビジネスモデルと強調されていますが、今後、株式売却が進んだとしても3社の連携は可能といえますか。
 ゆうちょ銀行もかんぽ生命も郵便局と連携する重要性を十二分に承知しています。ゆうちょ銀行約200兆円の総資産、180兆円ほどの貯金残高を持っていますが、93%は約2万4000局の郵便局で集めた貯金で、直営店が集めているのはわずか7%です。郵便局のおかげで200兆円を超える総資産があるわけです。
 かんぽ生命も保障性など色々な種類の保険商品を販売したいということで、セールスパーソンの販売スキル向上の取組を強化しています。売上の約9割を郵便局を通じてあげています。郵便局には約1万8000人のセールスパーソンがいてくれます。彼らがいるからこそかんぽ生命は業界シェア2割を超えるポジション(個人保険の保有契約年換算保険料ベース)を維持しています。
 つまり、ゆうちょ銀行もかんぽ生命も郵便局ネットワークなしに生きていけないのです。株式を売出し、日本郵政の出資比率が減ったとしてもその構図は全く変わりません。
■豪トール社については郵便局長も関心を持たれていますが、どのように立て直しを図ろうと考えていますか。
 日本郵便は売上3兆円のうち約1兆9000億円は郵便・物流事業、約1兆円はゆうちょ銀行とかんぽ生命からの手数料収入です。残りが不動産事業約260億円、物販事業約1400億円などとなっています。コアとなる国内でマーケットシェアを増やさなければなりませんが、日本は人口も減り、大成長するマーケットも見えてきません。
 一方、太平洋圏を中心に世界経済の中でも伸びている経済圏があり、日本郵政グループは2年前にトール社を買収しました。豪州は成長が見込めるアジア、オセアニアの経済圏の一角で、日本との補完関係もあり、日本にはない資源国であることに目をつけたわけです。戦略は正しかったと思います。しかし、今年3月末にトール社買収に係るのれん等の4003億円の減損処理に踏み切りました。豪州では鉄鉱石もウランもLNGも大きく落ち込み、苦戦したわけです。
 離れた方がよいのではないかとの意見もありますが、戦略そのものは間違っていないため、離れる気はありません。膿を出し切ったからには活かしていかなければ、と考えています。パフォーマンスを上げる形に整えることが今年度のミッションです。トール社は企業買収で大きくなってきた会社のため、重複がある部分を整理します。既にビジネスユニットの調整は完了し、2000人ほどを目途に行おうとしている人員整理も、第1四半期を終え、巡航速度で予定通り来ています。早期に収益が上げられる体制を整えていきます。
■日本郵政グループには女性の方も含め、多くの方が働いています。政府も「働き方改革」を議論していますが、ワークライフバランスを確立する職場も大事だと思います。
 全員がハッピーに仕事ができなければ成長する組織になるわけがないです。日本はこれまで空気と水とサービスはただでした。しかし、少し見直さなければいけない時代にさしかかっています。物流業界最大手のヤマト運輸は相応の料金体系に変更しました。我々にそこまでのひっ迫感はありませんが、労働力が減る中で、働き方改革は真正面から取り組まなければならない喫緊の課題です。
 育児や介護で一旦離職した方も戻りやすくなる高度な対応も必要な時代です。日本郵政グループ全体で新規採用の51・8%が女性、日本郵便50・3%、ゆうちょ銀行60・7%、かんぽ生命56・8%、日本郵政単体では65・2%です。しかし、郵便創業150周年にあたる2021(平成33)年3月末の女性役員の登用目標13%に対し、役員は非常勤含めて日本郵政が9・3%、日本郵便9・1%、ゆうちょ銀行13・9%、かんぽ生命は17・1%が現状です。また、女性管理職については、5割以上の新規採用をしているにもかかわらず、4社で7%から11%程度とまだ少ないのです。大切に育てていかなければいけないと思います。
■みまもりサービスもいよいよ始まります。全国の局長の皆さんにメッセージをお願いします。
 今、実感していることはまぎれもなく、日本中から注目される企業であることです。146年間、郵便を毎日届けることで築き上げた郵便局ブランドを旗印とする日本郵政グループは、日本で最も多くの貯金を預かり、大きな保険会社として国内2割以上のシェアを持っています。約2万4000ある郵便局1局1局が、世界でGDP3位の国の1億3000万人の方々を支えているのです。苦労も多いかもしれませんが、本業で地域に貢献できる仕事に、ぜひ誇りを持ってください。
 全ての郵便局がお客さまの「そばにいる」のです。だから、郵便局のみまもりサービスは開始することに意義があります。規模の利益がなければ収益的には芽が出ませんが、お客さまを訪問し、生活状況を遠方に住むご家族の方々に伝える仕組みの中で、お客さまと直接対話することができます。
 局長の皆さんがコミュニケーションを密にしながら、何にニーズがあるのかを伺うことがビジネスの羅針盤。アンテナの最前線に郵便局長がいることに期待をかけています。このビジネスを日本郵政グループの成長の架け橋にしていきたいと心から願っています。


>戻る

ページTOPへ