「通信文化新報」特集記事詳細

 年/月

第6894号

【主な記事】

ゆうちょ銀行 池田憲人社長
顧客本位のサービスを提供

 ゆうちょ銀行の池田憲人社長は昨年4月1日に就任し1年余り。就任時には「民営化をソフトランディングに向かわせ、株式会社の銀行モデルをいかに実現するかが私の仕事」とその役割を明確にした。初めての個人貸付け業務「口座貸越サービス」や、認可・承認が遅れていた金融取引に関する業務などの新規業務も可能となり、着々とその布石を打っている。「顧客本位の良質な金融サービスの提供」「地域への資金の循環」「資金運用の高度化・多様化」の3つを基軸としたビジネス展開の方針を発表し、池田カラーも打ち出した。来年度からは新・中期経営計画も始まる。「選択と集中」「強みを生かす」池田社長の経営戦略や今後の方向性を聞いた。(永見恵子)

地域へ資金を循環
運用を高度化・多様化

●「社員には行動して欲しいと強く求めてきた」と株主総会で発言がありましたが、1年余り、ゆうちょ銀行の社長をされての感想は?
 ゆうちょ銀行の社員は、元々は役所で働いていた人たちだ。
 PDCAのサイクルのうちプランニングとチェックは非常に得意だが、DO(行動)は不得意。この不得意でやったことがないことを、社員にやらせてみたいという想いがあった。1年経って「DO!をしようという気配は非常に感じられる」というのが感想。
●“動く”銀行にする
 民間企業はやってなんぼの世界。「ゆうちょ銀行は“動く”銀行にしたい」と心の底から思っている。社長に就任した直後は、動いている人が誰なのかわからなかった。「あるべき論はやめて、汗を流して行動していこう」と言ってきた。
 前に社長をしていた東日本大震災事業者再生支援機構でも、行政機関の職員や弁護士、会計士の集まりで「こうすべき」ばかり。「やりなさい」と言っても、上に立って命令する人ばかりだった。それでは仕事が進まない。
●トップとしての役割は
 私が一番悩んだのが、ゆうちょ銀行は10年間で5人も社長が代わっていることだった。社員は、これまで歴代の社長の方針に従いやってきたが、ベクトルが合っていないと感じた。昨年の夏過ぎからそのことを強く感じ、トップは方向性を示さないといけないと思った。
 トップとしての役割は「すべきことを明確にする」「働く環境を作り出す」「何かマイナスなことがあったら、前線に出る」の3つ。進行中の中期経営計画を進めつつ、次の中期経営計画に向けて走っていこうと思った。
 周囲の意見を聞きながら、当行のあるべき姿やビジネススタイルを明確にすることにした。新しいビジネス展開は夏過ぎにはできていたが、郵政民営化委員会や金融庁・総務省、当行を応援してくださる国会議員の方々ら関係者に説明するのに半年かかった。昨年12月頃からは、社内にも説明していくという手順を踏んだ。
●前の認可申請を取り下げた理由
 新規業務の認可申請前(3月末)に「今後のビジネス展開」を発表したが、まずはビジネスの目指すべき方向性を明確にしたいと思ったからだ。 その方向性はどの業務を認可申請するのかにも関係する。貸し出しや住宅ローンなど、関係者の皆さんそれぞれに思いがあり、前に申請した新規業務の取り下げについては2月まで悩んでいた。
 貸出市場は満杯ですき間がない。預貸率は5割しかない。銀行は、残りの資金は国債や債券などで運用しているのが現状だ。住宅ローンの貸し出しは、金利をインターネットで見比べることができるので、金利の安い方に顧客が流れる。競争の結果、金利が下がる、という悪い循環が起きている。
 1万3000人のマンパワーをどこに集中させるかは経営のジャッジだ。私の中では、貸し出しをしたら1つもものにならないという想いがあった。日本の金融機関は戦前から企業にお金を貸し、損得を繰り返しながらやってきた歴史がある。貸し出しは実際に現金を回収しなければならない。わずか10年しか経験のない銀行にそれは無理だと判断した。
●伝統的な銀行とは違うスタイルで
 伝統的な銀行のスタイルは、貯金を集めて貸し出して、決済する。当行はそれとは違うスタイルを考えようと思った。そうして3月に「顧客本位の良質な金融サービスの提供」「地域への資金の循環」「資金運用の高度化・多様化」を柱とした「今後のビジネス展開」を考えた。3つの柱にマンパワーを集中させて事業を進めていきたい。
●顧客本位と投資信託中心の販売
 顧客本位のサービスに力を入れるのも柱の1つ。お客さまは、昔はゆうちょ銀行の定額貯金を楽しみにしていた。10年間、預けてもらうとお金が倍になった。今は切り替えてもわずかの金利しかつかない。リスクはあるが、もう少し増えるようなものを考えないといけないと思った。
 「貯蓄から投資」という国家全体の流れもあり、投資信託を中心にお客さまの資産形成のための銀行にしていこうと考えた。次の中期経営計画では投資信託を中心としたビジネス路線を一層明確にしたい。

日本郵便と連携、投信の販売強化
GPへの布石を着々と
専門組織を新設

●数の強みを生かせ
 1億3000万の口座があり、それを投信などに振り向けてもらうのはビジネスとして成り立つ。我々は現にそこに口座があるんだから。これなら、他の銀行の顧客を取りに行かなくてもいい。店頭では、投資信託・変額年金・個人国債を扱っているが、特に投資信託はお客さまのニーズに合う商品をいかに多く揃えるか、どれだけきちっと説明できるかが重要なポイントになる。
 来年1月からは積立NISA(年間40万円の投資額を限度に投資の運用益を20年間非課税とする制度)が始まることも追い風になる。
 現在、国内には約5000本の投資信託が販売されているが、そのうち当行では124の商品を取り扱っている。お客さまのニーズに合うものをもっと増やしていきたい。主力商品は積み立て型投信。初心者には長く持ってもらうことで、リスクがカバーできる商品を中心に販売していきたい。もちろん、株をやっているとか、投資の経験がある程度ある人には、外債なども組み込んだリターンの多い商品も揃えている。
●投資信託を日本郵便と一緒に
 投資信託がどれだけ伸びるかは、いかにお客さまのニーズに合ったセールスができるかにかかっている。一番マンパワーがかかるところだ。日本郵便とタッグを組み、投資信託の販売を伸ばしていきたい。当行は資産運用コンサルタントを100人増員し、1300人体制にする。
日本郵便には、投資信託の取扱局を100局増やし10月以降には1415局にしてもらう予定だ。紹介局は805局から1万6686局と大幅に増やしてもらった。今期の投信の販売目標も立ててもらった。
●トレーニングの強化策は
 両社の社員をお互いに出向させながら、トレーニングをしていくことを日本郵便とも合意している。日本郵便からは、投信の販売経験のない社員を中心に当行に出向してもらい、知識をつけながら販売の勉強をしてもらう。当行からは投資信託販売のベテラン社員を郵便局に出向させ、現場で中心となって自らも郵便局での販売を実践してもらう。
 日本郵便と当行を結ぶ「パートナーセンター」(郵便局の営業支援・事務支援、事務の照会回答などを行う/各県に1つ・北海道のみ3つ置く)に投資信託のサポートができる機能を追加した。
●投資信託中心のビジネスに合わせて手数料もその流れに
 投資信託の販売を中心とする方針を打ち出したこともあり、4月からは投資信託の販売目標を見直した。日本郵便への委託費は、投信の販売額を増やしてもらうためインセンティブの部分を導入し、その仕組みを変えさせてもらった。集中満期を迎えた貯金をできるだけ投資信託に回してもらいたい。
●キャッシュレス時代に備えて
 将来、現金文化が無くなる可能性もあり、そうなった時に何も手を打っていなければビジネスチャンスもなくなる。スマートフォンでの決済やカード決済なら現金を使わないで済む。お客さまの利便性を考え、1月から地域版Visaプリペイドカード「mijica」を仙台市と熊本市で試行サービスを始めた(上限5万円までで、スマートフォンでのチャージもできる)。収益性は少ないが、新たな設備投資が要らないため、細かい収益を積み上げていくといったビジネス。
 払込票のバーコードを携帯端末に読み込むことで、コンビニなどに行かなくても即時決済ができるサービスも開始した。コンビニに流れたお客さまを取り戻したい。
●「口座貸越サービス」との連動
 口座貸越サービスは、当行の口座をお持ちのお客さまが、例えば買い物した時に少し足りないから借りる。ほんのちょっとした立て替えをイメージしている。お客さまの利便性の向上が目的。50万円を上限としているのは、金額が大きくなるとカードローンと変わらなくなってしまうからだ。2年後に開始予定の新規業務「口座貸越サービス」とデビットカードの連動も考えている。mijicaの利用状況などのデータを踏まえ、国際決済ができる「ブランドデビットカード」の導入も検討していきたい(Jデビットカードは導入済)。
●ATM手数料ビジネス
 将来、ATMが要らなくなるかもしれないが、10年でなくなることはないと思う。ATM端末は、10年は使える。これから大きな設備投資をすることはないが、更改はしていく。
 16か国語に対応する小型のATMは3500台注文しており、ファミリーマートの新店舗や同社の傘下のサークルKサンクスに配備する。2020年の東京五輪開催までには、外国人観光客が日本円を引き出せるように、観光地などにも配置したい。
●地域への資金の循環は地銀と一緒にビジネスのシーズ探しを
 これまでは全国からお金を集めて国債を買っていたが、これでは地域にお金が回らない。それでいいのかと思った。地域の企業への貸し出しは地域の金融機関が行っていて、参入する余地がない。
そこで地域にお金を回すために「地域活性化ファンド」と「PFI(Private Finance Initiative)」(民間の資金や経営能力、技術を活用して公共事業を進める)の2つのルートを活用するということにした。
 地域金融機関や地方公共団体とコミュニケーションを取りながら、一緒に地域のビジネスの芽を探したい。例えば、農業関係が伸びており、中部・北陸には技術力のある企業もたくさんある。その波に乗りたい。
 出資総額は相手もあることだが、3年、5年と区切ってベンチマークも出していきたい。
●LPは銀行サービスのすき間
 地域ファンドは、昨年の7月に熊本の震災の復興資金ということで話をいただいたのが最初。ファンドはエクイティ(優先株)による出資で、常にその評価が変わっていくうえ、「財務制限条項」もあり複雑な仕組み。また銀行や信用金庫などには大口融資規制(自己資本の2割まで)があり、それを超えて出資が出来ない場合にはファンドを通じて出資することになる。銀行にも自己資本比率の規制があり、出資額が制限される場合もある。地域金融機関はあまりやりたがらない分野だ。そういう意味で、地域ファンドはすき間ビジネスでもある。
 地域に資金を回すには、地域の銀行は貸出金という商品で、ファンドからはエクイティという株式商品をお客さまに出す。このような組み合わせで、全国くまなくお金を回していきたい。
●GPを目指す
 地域活性化ファンドには、LP(リミテッドパートナー/有限責任組合員)として参加している。今はLPとして一生懸命経験して、いずれはファンドを管理運営する側のGP(ゼネラルパートナー/無限責任組合員)になりたい。ファンドを使って情報を集めて、どれだけファンド経由で、出資できるかも鍵となる。
 GPになるには金融庁の承認が必要で、LPとしての出資の実績や事業判定ができる機能(投資委員会のような組織)など、その能力が問われることになる。GPには現在、社員5人を出向させ、勉強してもらっている。
 これまでに、6つのファンドに参画しているが、GPの申請までには更にLPの数を増やしていく必要がある。地元の金融機関とコミュニケーションを図り、できるだけ早く、全国のファンドに参加させていただきたいと思っている。
●GPを視野に入れた専門組織を新設
 GPになるには専門性を持った人材が必要となる。「この業種のこの会社はこのように成長する。だから投資する」といったロジックを作る人も必要で、データ分析や企業の将来分析ができるような人材の育成もしていく。社内の組織に、GPを視野に入れた部署を作り、GPの承認が得られた時にはそこが投資委員会として機能するようにしたい。
 GPの申請はできるだけ早くできるようにはしたいが、次の中期経営計画が始まる前までにはその時期を公表したい。
●PFIにも参画できるように
 横浜市の下水道の整備のPFIにはすでに参加している。地方公共団体のPFIの案件に入り込むには、いかに情報を取ってくるかだ。PFIの場合は商社が中心になって行うことが多い。そこに渡りをつけて入れてもらうのが大事だと思っている。
●資金運用面では郵政民営化法の上乗せ規制が外れ自由な運用体制に
 CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)や商品デリバティブなど今回の新規事業の認可により、郵政民営化委員会の上乗せ規制は全て外れた。認可と同時に金融庁の承認も得られ、資金運用業務の体制も整った。またそれらの運用に必要な柱となる人材も揃った。
 約180兆円の貯金のうち、日本銀行の当座預金に約50兆円が待機資金として預けられている。昨年4月から不動産ファンド、プライベートエクイティ(未公開株の投資ファンド)、ヘッジファンド(投資信託・先物などの売り買い)などオルタナティブ投資(代替投資)を始めた。
●マイナス金利下では買えない国債をカバーするには
 国債は先輩が作ってくれた80兆円あるが、マイナス金利下では満期が来ても新たに国債を買うわけにはいかない。だからオルタナティブ投資が必要になっている。
 運用額は年間、約6000億円まで積み上がっている。不動産投資は海外もあり、まだまだマーケットはある。このようなマーケットのある所を強くしていきたい。これらの運用により国債の減少による収益減をカバーしていきたい。
●運用の柱の一つ国際分散投資のメリット、デメリット
 債権をEUやアメリカなど国や地域を分散して購入することで、大きな損失にならないようにする。その分、利益が薄くなる。大勝負をかければ大きな儲けになることもあるが、大失敗も起きうる。リスクとの関係から言えば分散する方が良いと思っている。
●電子マネー時代に備えて
 Jコインの構想があるのは知っているが、日本の金融機関が一つになり、一緒にやろうというのなら、良い話だと思う。 いろいろな動きが出てきているため、他のフィンテックのインフラ投資と二重にならないようにしたい。フィンテックを使った送金システムは、お客さまの利便性が高くなる。いずれにしても、お客さまの口座数が多い当行にとっては良いことだと思う。




 


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