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6878号

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[長門日本郵政社長]口座貸越で融資に風穴
郵便局ネットワーク活かす

 日本郵政の長門正貢社長は3月31日の記者会見で、ゆうちょ銀行の口座貸越サービスについて「個人ローンは日本で10兆円ほどのマーケットと言われるが、その一角をこの当座貸越というスタイルで参入したい。2年間慎重に準備したい。全地域のお客さまの利便性向上が図れ、郵便局ネットワークを最も活かせる新規業務だ」と強調。かんぽ生命の新規業務にも「長寿社会の自助努力や介護保障ニーズに応えたい」と意欲を示した。ゆうちょ銀行の今後のビジネス展開の基軸に掲げた顧客本位の良質な金融サービスの提供や資金運用の高度化は、次期中期経営計画でも重点施策に位置付けられる見通し。郵便局ネットワークを活用した新たな価値の創造へ、日本郵政グループが融資の一歩を踏み出す。

顧客本位の金融サービス展開

 長門社長は同日に金融庁と総務省にゆうちょ銀行と併せてかんぽ生命の新規業務の認可申請を行ったと説明した。
 2012(平成24)年9月の認可申請を取り下げ、改めて申請されたゆうちょ銀行の新規業務は①口座貸越サービス(ゆうちょ口座を持つ場合に通常貯金口座で残高不足になったとき、不足分を自動的に貸し付ける)の担保定額貸付の無担保版②地域金融機関との事務の共同化など銀行法10条2項柱書に付随する業務等③資金運用の高度化・多様化に資するため、CDS(企業の債務や破たんに備える金融派生商品。社債や国債、貸付債権などの信用リスクに対して保証する契約)など市場運用関係業務の包括的な認可―の3業務。
 一方、かんぽ生命は終身保険、定期年金保険、入院特約、災害特約―4商品の見直しと第一生命の経営者向け介護保障定期保険の受託販売を申請した。
 記者団からはゆうちょ銀行の新規業務のうち、口座貸越サービスに対する質問が集中した。
 「申請取り下げに伴い、住宅ローンは断念するのか。将来、参入の可能性は」との質問に対して、長門社長は「新たなビジネス展開は、お客さまの利便性をさらに向上させるニーズを3本の基軸で探るところから検討を始めた。住宅ローンなど、込み合う市場に日本郵政グループが融資に乗り出す初仕事としてよいのか、と感じ、断念ではなく、今は参入しないと決断した。将来、マクロの金融環境が変わる局面が訪れた時には考え直さなければならないかもしれない」との見通しを示した。
 「従来から定額定期貯金を担保とする貸出ニーズに応えてきた。ゆうちょ銀行口座は約1億2000万あり、残高もある。そうした状況も判断して、無担保融資に決めた。定額定期貯金を担保にして貸出すのと違い、無担保の貸出になるため、初の融資業務への参入となる。多くの銀行は上限額500万、1000万円の範囲でカードローンを設定しているが、我々の無担保融資は注意して始めたい。上限額は当初1人最大50万円。上限額までは自動的に貸し出せる」と説明。
 「ただし、貯金業務の基幹システムの開発に2年ほどかかるため、2019(平成31)年4月あたりのスタートを目指したい。個人向けローン残高はノンバンク約4兆円、銀行約6兆円ほどあり、日本で10兆円ほどのマーケット。口座貸越というスタイルで日本郵政グループも融資に参入する」と意欲を示した。
 「残高を何年間でどこまで増やし、収益の中でどの程度貢献したいかおおまかな目標はあるか」との質問には、「初期はシステム投資がかかる。3年目で黒字、4~5年目には累損(過去何期間かの純損失の累積額)一掃を目指す。幅があり、定義も難しいが、一般的には8~15%の金利水準。貸越サービスの金利は10%台の中でも低い水準になると思うが、決めていない。定額定期の貸出より残高が少なくても利益が積み上がるスピードは少し早くなる」と予測した。
 「キャッシュカードに機能を付け、ATMで引き出せるようにするのか」には、「例えば、残高10万円しかなかった方が口座貸越サービスの認定を受けた場合、上限額50万円とするとATMで60万円まで引き出せる。ただし、10万円以上は金利がある。機能はこれまでとあまり変わらない」と答えた。
 「口座から気軽にお金が借りられるが審査体制は」「銀行のカードローンはカードローン専用の口座を作り、借金している感覚を持ちやすいが、口座貸越サービスは貯金を下ろす感覚でできるため、知らず知らずに借金の世界に足を踏み込む懸念はないか」など審査に関する問いかけも相次いだ。
 長門社長は「入口の審査が大事だ。審査には保証会社をつける。住宅ローンはスルガ銀行と提携し、お客さまを探すことで手数料をいただく媒介業務を積み上げてきたが、その時の保証会社に依頼しようと思っている。的確に審査し、かつ、保証会社をつけることが初業務として正当だ。審査した上で上限額も個別に決めてもいいと思う。どういう職業で、どの程度の水準で毎月お金を使っているか、十分注意して新しい世界に入る」と強調した。
 さらに「企業融資とは異なるリスク管理手法が必要。システム整備の2年間に審査体制も整えたい。他銀行も様々な工夫をしているため、学んでいきたい。住宅ローンの媒介業務で共同企業を作り、人材を派遣している。当初はスルガ銀行が主体だったが、我々が主体の部分が出てくるなどノウハウも積んできた。体系化し、啓発なども整えつつ進めたい」と述べた。
 「銀行の無担保ローンは100万円以下の金利は14.5%。50万円という小口で低い金利ではコストがかかると思うが」には、「経営判断になるが、どのような形が良いのかは研究していきたい。三菱東京UFJカードローンバンクイックの上限額は500万円、三井住友銀行カードローン800万円、みずほ銀行カードローン1000万円。申請したのと同じような貸越サービスも三菱東京UFJ、清水銀行、名古屋銀行、長崎銀行が水準や金額を工夫しながら提供しているため、参考にしたい」と語った。
 「30万円という数字も出ていたが、開始初年度を意味するものか、契約1年目という意味か」には「具体的には、これからの検討になるが、いきなり50万円ではなく、30万円からスタートすべき、という意見もある。20万円、30万円を限度とする方もいるだろう。当初は50万円で打ち止めと理解いただきたい」と求めた。
 通信文化新報の「全ての郵便局で扱うということだが、2名局などもある。社員の方々をどのように育てあげていくのか」には、「住宅ローンの媒介業務では営業社員を訓練し、研修など教育を行った上でゆうちょ銀行直営店233のうちの82店舗で扱った。今回、大きく違うのは、ゆうちょ口座を持つお客さまの審査が通り、上限額が決まった後は自動的に口座から貸出ができる点だ。郵便局長や社員が貸出の都度に契約するアクションは必要ない。審査も郵便局社員がするわけではない。もちろん最低限の教育はするが、ノウハウがなくても全局で取り扱える。そこは一つの焦点だ。我々も、郵便局ネットワークを最も活かし、郵便局が優位な立場で仕事できる新規業務だと思えた」と強調した。
 ゆうちょ銀行は新規業務を検討するにあたり、今後のビジネス展開における重要な3本の基軸を決めた。筆頭に掲げたのは「顧客本位の良質な金融サービスの提供」。口座貸越サービスもその一環の新規業務となる。金融庁が打ち出すフィデューシャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)に通じるもので、全国の郵便局ネットワークを通じてゆうちょ銀行の約1億2000万口座を活かしながら「資産形成サポート」や「決済サービスの利便性向上」など時代に即す幅広いニーズに応えられる体制を整える。
 口座貸越サービスも「顧客本位の良質な金融サービスの提供」の一環として認可申請を行ったもので、将来、デビットカード(預金口座とひもづけした決済用カード)との連動も視野に入れた。このほかにも、分かりやすい資産運用商品の提供や積立NISA(少額投資非課税制度)を推進し、顧客の資産形成をサポート。キャッシュレス化に対応し、ゆうちょ銀行と日本郵便が仙台市と熊本市で1月に試行開始したVisaプリペイド(前払い)カードmijica(ミヂカ)など決済サービスの拡充も図る。
 新ビジネス展開の2本目の基軸「地域への資金循環」は、既に昨年立ち上げた地域活性化ファンドによって地域に資金を供給しているが、地域の金融インフラサービスを拡充するため、地域金融機関との連携をさらに強化するための付随業務を申請した。
 3本目の「資金運用の高度化・多様化」では、民営化以降、国債中心の運用から国際分散投資への転換を図るため、近年は専門人材を採用。プライベートエクイティ(株式の未公開会社や事業化する投資すべてを含む概念)などのオルタナティブ投資(株式や債券など伝統的な資産と異なる投資)やデリバティブ(基本的な資産や商品などから派生した資産あるいは契約の活用)などで運用とリスク管理体制を強化してきたが、他行にはできる資産運用業務がゆうちょ銀行にはできない業務も多かった。そうした課題をなくすために包括的な申請を行った。
 一方、かんぽ生命の終身保険の見直しは、予定利率の改定によって生じた長期性商品の保険料引上げの上げ幅を圧縮し、顧客の保険料を軽減するため、契約解約時の返戻金水準を低く抑えるもの。
 かんぽ生命は現在、低金利環境の影響を受けて年金商品を全て販売停止しているが、従来商品よりも契約解約時の返戻金水準を低く抑える定期年金保険の改定商品を投入することで、長寿社会の自助努力を支援。年金商品を求める時代のニーズに応える。
 また、医療技術の進歩に伴い、入院日数短期化が進むため、1日の入院でも入院保険金日額5日分を上乗せし、短期入院でも充実した保障を受けられるようにする。外来手術が増加していることを踏まえ、従来の入院特約に外来手術の保障を加えるよう入院特約等の見直しも申請した。
 終身保険用特約では解約返戻金をなくし、保険料払込期間を長期化することで月々の保険料負担を大幅に軽減した低価格タイプを申請。顧客本位の目線で見直された4商品が認可されれば、10月以降、魅力ある商品が郵便局とかんぽ生命直営店で販売されることになる。
 第一生命の経営者向け介護保障定期保険は、経営者が要介護状態になった場合に必要な資金を確保したい法人顧客のニーズに応える商品。かんぽ生命のオリジナル商品や現在取り扱っている受託商品では十分に対応できない法人向け商品のラインナップを充実するもので、認可されれば6月以降に販売開始が予定される。
 長門社長は、ゆうちょ銀行の2本目の基軸「地域への資金循環」について「地域貢献では北洋銀行や肥後銀行のファンドなど地方銀行と連携したファンド組成を進め、対話を重ねる中で多くのアイデアも出ている。地域貢献団体に寄付金などの支払をしなければならない時、シンジケートローン(複数の金融機関が協調融資を行う)のようにまとめるには、拠点数が多い郵便局が向いているとの話もある。地銀や信用金庫ともスムーズに連携できる網を張っていく」と展望を語った。
 3本目の「資金運用の高度化・多様化」に関しては「CDSは内部システム含めてこれまでは申請していなかった。既に様々な運用業務をオプション含めて認可いただいているが、今後、我々の知らない商品が出てくるかもしれない。運用に関する全業務をできる体制を整えたい」と意欲を示した。
 記者団の「GP(ゼネラルパートナーシップ=ファンド運営者となる無限責任社員)してのノウハウはあるのか」との質問に対し、「地域ファンドは既に認可され、LP(リミテッドパートナーシップ=有限責任社員)にはなれるが、現時点では、GPはとてもできないと思っているため、申請してない。申請するのは地域金融機関との連携に関わる付随業務で、GPは異なるレベル。LPとして様々やるつもりだ」との方針を示した。
 記者会見ではこのほか、「物流コストの増大が社会問題化しているが、コスト転嫁する考えはあるか」との問いかけもあり、長門社長は「大口のお客さまでコスト割れしているところは交渉することは常時行ってきた。他物流大手企業ほど逼迫しているわけではなく、ゆうパックをさばききれなということはないため、手数料をすぐに変える必要性を感じてはないが、大手物流企業が議論する手数料改訂などは時代のテーマ。働き方改革をグループ総体、日本郵便全体の問題として真正面からとらえ、対応すべきかを真剣に考えたい。早いスピードでいろいろなことが起こるかもしれないため、他社の動向も注視しながら真剣に取り組まなければならない」と指摘した。
 担当部局による補足会見では、「ゆうちょ銀行の口座貸越サービスの上限額50万円は収入証明が必要とされない瀬戸際の額だが、意味があるのか」との質問に対し、経営企画部が「利用者保護の観点から抑えた額で始めたい。媒介業務を行っている保証会社が審査を行うが、ゆうちょ銀行はそこに人材も送っているし、場合によっては出資も行い、しっかり関与していく。2008(平成20)年から“したく”という商品名で媒介業務の枠組みの中で提供しているが、それと同じ保証会社で審査をし、管理をすると想定している」と答えた。
 「顧客側はどのようなプロセスを得て口座貸越サービスを使えるようになるのか。口座を持つ人が書類で申請し、何週間で返事がくるイメージか」には、「口座を持つお客さまが郵便局で申込み、申込書がゆうちょ銀行の貯金事務センターに届き、審査を経てOKになれば、通常貯金口座に『貸越サービス機能がつきました』と連絡が届き、お客さまはキャッシュカードなどを利用し、残高が足りない時に借入れができる」と説明した。
 「運用の包括的な業務とは、他の銀行ができる業務はすべて使えるようになるということで、CDSで新たな業務をやるということではないのか」には「その通り。運用態勢は整っているので、何をどういうタイミングでするか市場の動向も見ながら進めていく」と強調した。
 「運用部分で今、ゆうちょ銀行にできない業務とは何か」との問いかけには、「認可と承認という二つのプロセスがあって、今回、実は承認も合わせて申請している。認可がとれていない大きなものとしてCDSがあり、金利先渡し取引や商品デリバティブなども認可されていない。認可はとれているが、承認はまだなものには会社型投信があり、例えば、リート(不動産投資の金融商品)やEFT(株券や債券などの金融商品の一つ)。投資信託受益証券は認可も承認もとれていて運用しているが、会社型投資信託はまだ契約がとれていない。郵政民営化法では銀行法の規定による承認プロセスがあり、業務の実施体制を見る」と解説した。
 「新たな三つの基軸は次期中期経営計画に盛り込まれるのか」には、「現行の中期経営計画でも、顧客本位のサービスや地域への貢献、運用の高度化は要素として盛り込んでいた。今回まとめた今後のビジネス展開は改めてそれらを重視した位置づけになる。次期中期経営計画については、今後議論していくが、ビジネス展開の3本は大きな柱になっていくと思う」と語った。


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