「通信文化新報」特集記事詳細

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第6799号

【主な記事】

春夏秋冬 簡易局のある風景⓳
山椒魚やゲンジボタルと
共生する豊かな自然に囲まれて
内田簡易郵便局(千葉県)
舘上敏一局長


 温暖な気候と海・山の幸に恵まれた市原市には、縄文・弥生時代を通じ遺跡が約2500か所、貝塚が45か所ある。房総の地は良質の麻(昔は総と呼んだ)が多く採れたことから総の国と呼ばれた。大化の改新後、市原に上総(かずさ)国府が置かれ文化や行政の中心として栄える。江戸~大正にかけ、縦貫する養老川が物資輸送の幹線として利用された。臨海部は昭和32年から埋め立て造成が行われ、我が国有数の工業地帯となる。38年5月、五井・市原・姉崎・市津・三和5町が集まり市原市誕生。42年10月には南総町・加茂村も加わり今の姿になった。
 大正14年3月7日開業の小湊鉄道線は、市原市の五井駅から夷隅(いすみ)郡大多喜町・上総中野駅(いすみ鉄道いすみ線との乗換駅)を結ぶ。全長39.1キロに18駅あり、全線単線・非電化でディーゼル車がのんびり走る。終点一つ手前は養老渓谷駅。大多喜町から市原市を流れる養老川により形成された養老渓谷は、春のツツジ、フジ、秋は紅葉が美しくハイキングコースを整備、養老渓谷温泉もあり県内有数の観光地となっている。
 五井駅から7番目の上総牛久駅が、内田簡易郵便局への最寄駅。茂原駅行き小湊バス約10分の内田バス停で下車すると、目の前が同局だ。山間部の内田地区(約430世帯)は周囲に田園風景が広がり、ゴルフ場も10か所ある。
 内田簡易局は、昭和47年に現局長の舘上敏一さんの母・志づさんが個人受託者となり開局された。その前は旧内田村役場が受け持ち、志づさんは簡易局の担当だった。平成10年に妻の久子さんにバトンタッチ、19年10月1日からサラリーマン生活を終えた敏一さんが3代目の局長となった。今は妻と長女の有山朋子さん、次女の真鍋絵美さん、姪の鈴木孝子さんの4人が補助者として交代で舘上局長を支えている。
 現在の局舎は旧局舎を解体、15年11月4日に新築オープンさせた。1階が郵便局で2階は住居になっている。建物はグレーの外壁で統一、局へはスロープを設けバリアフリー化させ、内部は白で明るい雰囲気を醸し出している。地元の人々の“憩いの場”となるよう設計に気を配ったという。
 郵政民営化スタートと同じ日に受託者となった舘上局長は「何か因縁めいたものも感じる」と話す。国営から民営になり急激に変化する波に翻弄されながらも、地元住民への三事業サービスを守っていかなければいけないとサポート局や周辺の先輩局長らの指導を受けながら日々業務に励む。それは“地域と生きる郵便局”との思いに一点の曇りもなかったからだ。
 内田地区も少子高齢化が進む。現在は町会長も務め、簡易局長として「いかに地元を安心・安全で活気がある地区にしていくかが課題。郵便局の仕事を通じ頑張りたい」と意欲を示す。同時に、ユニバーサルサービスを続けていくために郵便局ネットワークの一翼である簡易局の次代を担う若い受託者(特に女性)への処遇面充実も望む。
 日本郵政・ゆうちょ銀行・かんぽ生命の3社同時上場が11月4日に決まったが「144年を超え社会のインフラとして重要な役目を果たしてきた郵政事業と郵便局が、上場後も公共性・公益性を維持しながら発展していって欲しい」と切に願う。
 舘上局長は現在71歳、モットーは「一生懸命」、ゴルフと街歩きが趣味。「局長さん」と時間外で切手や葉書の購入に見える人たちもおり、すぐ対応できるようにと2階の住居で待機する日々を過ごす。


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