「通信文化新報」特集記事詳細

 年/月

第6775号

【主な記事】

春夏秋冬 簡易局のある風景17
鍛冶屋簡易郵便局(京都府)
上田浩介局長
農協の米蔵を活用した
地域住民にとって“心の拠り所”

 綾部は京都府の中央北寄りにある田園都市(昭和25年8月1日市制施行)。美しい自然環境や豊かな里山・田園と農村の暮らし、平和と歴史・文化に彩られた市街地、ものづくりを中心とする多様な産業が集積、舞鶴・若狭と福知山・京都を結ぶ交通の要衝地であることから小都市ながら様々な機能や特性がバランス良く備わっている。
 京阪神地域への移動時間の大幅短縮が進み、舞鶴若狭自動車道や京都縦貫自動車道の全線開通により交流・物流拠点として期待される。面積は約350平方キロ、人口約3万4000、市の木は松、花が梅、鳥はイカル。グンゼと新興宗教「大本教」(明治25年、開祖は出口なお)発祥の地としても知られる。
 目指すは①美しく豊かな里山・田園の「ゆったり感・やすらぎ感」②平和と歴史・文化に彩られた市街地の「安心感・幸福感」③ものづくりをはじめとする産業の「躍動感・充足感」などを享受できる“まち”。
 中心市街地から福知山市方面へ12~13キロ入った中山間部に綾部市里山交流研修センター(旧豊里西小学校施設)がある。ここを拠点に自然豊かな里山力を活かし活動するのは「NPO里山ねっと・あやべ」(新山陽子理事長=京大大学院農学研究科教授)、隣には「ふるさと振興組合 空山の里」(村上正代表)がある。
 一昔ほど前は農協の支店もあったが撤退、食料品・生活雑貨が手に入らなくなり簡易局も一時閉鎖に。高齢者が多く、車で街へ買い物に行けない人たちにとり農協は必要不可欠なものだった。
 地区で唯一の売店が無くなることを知った村上さんは、集落住民に声をかけ資金を出し合い農協の米蔵だった建物を利活用、手作りで「空山の里」を立ち上げる。「空山の里」は食料品や地元で採れた野菜、茶、米などを販売する“スーパーマーケット”的存在として住民の“心の拠り所”となっている。
 鍛冶屋簡易郵便局は「空山の里」の一角を占める。「空山の里」立ち上げ主要メンバーで大阪から綾部に移り住み5年経つ上田浩介さんに、簡易局受託者と店舗運営の依頼が舞い込む。 ゆうメイトとして郵便局で窓口業務の経験があった上田さんは、村上代表の説得に「地域のために自分が貢献できるならやってみよう」と考え受託者を引き受ける。
 米蔵の内部を改修し、店舗と局窓口を設け「空山の里」オープンと同時に平成15年4月1日に受託者となり開局した。待ち望む地域のためとはいえ「突貫工事のような感じでせわしなかった」と当時を振り返る。
 瓦屋根で白壁の建物外観は黒と白のツートンカラーが美しく調和、内部も天井は高く開放感があるのが特徴だ。正面入口の上には「ふるさと振興組合 空山の里」の木製看板、左脇の柱に〒マークと「鍛冶屋簡易郵便局」のプレートが掲げられている。妻の典子さんと石井直美さんの2人が補助者として上田局長をサポート。局の利用者は「何でも売っているね」、店舗利用者からは「郵便局があって便利だね」と好評だ。最小限のスペースでスタートしたので機器が増設された現在、局は「手狭になっている」。
 日頃の業務で心がけるのは「親切・丁寧」。土地柄、高齢者が多く何かと頼りにされており「信頼を裏切らないこと」、「コミュニケーションを取ることが大事だ」と指摘する。開局以来、仕事環境におけるマニュアルの充実やヘルプデスク設置、サポートマネジャー制度など本社・支社には感謝する。
 上田局長は「郵便局だからこそ過疎地でも公共の仕事ができている。郵政事業・郵便局は“国民共有の財産”だ」と強調。
 今秋以降、日本郵政と金融2社の親子上場が予定される郵政グループには「会社や株主の利益追求のみならず、真に国民・利用者に貢献できる存在であり続けてほしい」と心から願う。そして、業務全般における能力アップを自らに課す向上心も忘れない。
 鍛冶屋簡易局のある場所は、適度に田んぼが広がり里山の風景が残る200世帯ほどの中山間地。前出の「里山ねっと・あやべ」の他、老人保健施設や京都府間伐材加工センター、木材市場も近くにある。
 読書・音楽・山仕事が趣味という上田局長の好きな言葉は“インド独立の父”マハトマ・ガンディーの「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」。
 地域の皆さんに「気軽に立ち寄ってもらえる“魅力ある簡易局づくり”に努めていきたい」と頼もしい発言が返ってきた。 


 



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